魚眼レンズ/1048 | ナノ

ヨハンは俺といるとよく笑う。口元だけでにこりと笑う時もあれば、優等生の癖に馬鹿みたいに大口開けて笑う時もさまざまだ。ヨハンがいろんな笑顔を見せる度に、水を混ぜすぎた水彩絵具が和紙に滲むように、ぽたりじわりと思うことがひとつずつ胸の内に広がっていく。落ちていったのはひとつひとつ独立した感情だったのに、それらが滲んで重なってぼやけて、元がなんだったのかなんてわからなくなってしまった。微笑むヨハンを見て思うことは、いつの間にか“ウレシイ”だけに留まらなくなっていて、それ以外のものを俺はよく知らないのだ。

「じゅーだい、どうかしたか?」
「んーどうもしてねぇけど?」
「ふーん…」

きょとん、として聞いてきたヨハンが、顔を近づけて見上げるように俺の瞳を覗きこむ。どこか納得のいかないといった表情をしていたが、目を見つめたからといってその奥の奥にある脳で何を考えているかなんて見ることができるわけもなく、ヨハンは諦めたというように遠ざかっていった。

「…なんか変な顔してた」
「変ってどんなんだよ」
「うーん、真剣そうな顔?」
「真剣なのに変って俺に失礼だろ!」

笑いながら言ったこの声がヨハンの追及から逃れるために意図的に作った偽物だとしても、それに応えてヨハンが笑ってくれたのが嬉しかった。けれどそれにひとつ、ひとつと陰が重なって、俺はどうしたいのかわからなくなる。笑っているヨハンが見たいのは確かだけれど、それだけではなくて、たとえばこの笑顔がすうっと幽霊みたいに消えて、その朝焼けみたいな色の瞳から透き通った涙があふれるのを見たい。これはほんの一例にすぎないし、ヨハンの笑顔をぐちゃぐちゃに歪ませてやりたいと思う瞬間だってある。壊したいような見守っていたいようなぼやぼやした気持ちが、手を伸ばさせたり引かせたりを繰り返しているのだ。

「十代、また…」

もし俺が首をもう少し前に動かしたら、眼前にある瞳は濡れるだろうか、乾くだろうか。







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