口先の悪魔に感謝を/静帝 | ナノ

静帝と臨也


静雄は自動販売機を軽々担いで、一歩一歩臨也に歩み寄り、行き止まった塀の隅に追い詰めていく。ついにこの長きにわたる戦いにも終止符を打つことができそうだ、と静雄は口角を吊り上げた。ギリ、と歯を喰い縛る臨也の頭部に狙いを定めると、静雄は自動販売機を高々と持ち上げた。

「ね、シズちゃん、」

臨也が口を開いたのは静雄がそれを降り下ろそうとする寸前だった。静雄は舌打ちすると勢いを失ったそれを地面に落とす。

「なんだ、遺言か?最期くらい聞いてやるよ」

静雄の返答を聞くと、自らの置かれている危機的状況にも関わらず臨也は微笑んで、この状況と関係の無いようにみえる質問を淡々と投げ掛けた。

「今日、何の日か知ってる?」
「は?」

静雄は当然、臨也の質問の意図も、答えさえもわからなかった。だからこそ一見脈絡のないそれに腹を立てたようで、静雄の眉間に深く皺が刻まれる。一方臨也はその表情に動じることもなく、寧ろ勝ち誇ったような笑みを浮かべて、薄い唇を開いた。

「今日ね、帝人くんの誕生日なんだって」
「それが、」

静雄はどうしたとは言えなかった。脳裏に帝人の顔が浮かぶと、いくらノミ蟲と思えど静雄の戦意は薄れそうになる。と同時に、帝人の誕生日に臨也と殺し合いをしている場合ではないのではないか、という思いが頭を過った。今すぐ帝人に会わなければならないと思う反面、帝人に想いを寄せていることを利用し巧みに逃げ果せようとする臨也に憤りを感じる。

「ならお前をさっさと殺して竜ヶ峰に会いに行かねえとな」
「え、帝人くんがどこにいるかわかるの?今日は祝日だから学校にはいないよねえ」
「何が言いたいんだよテメェは…」

静雄は帝人の居場所など見当がつくはずもなく、暗に見つけられないのではないかと仄めかす臨也を不愉快だといわんばかりに睨んだ。そして臨也はこの瞬間、自分の命が保証されたことを確信する。

「情報、売ってあげようか?」








静雄はとある古アパートの前に居た。臨也によるとその一室に帝人は住んでいるらしい。「そろそろ帰ってくるころだろうから急いだ方がいい」と言われ走ってきたのだが、もし帝人が既に帰ってきていたらと不安に思う。部屋番号は聞きそびれてしまった。だがその心配とは裏腹に、ちょうど帰路についていた帝人はアパートのすぐ側まで近づいてきていた。帝人はアパートの前に立っているのが静雄だと気付くと、小走りで向かってくる。静雄はその足音でようやく帝人に気がついた。

「竜ヶ峰、」
「静雄さんっ、なんでここに?」

帝人は静雄の前で足を止めるなり、肩で息をしたままで尋ねた。ぱちり、とまばたきをした大きな瞳は夕陽をきらきらと反射させている。静雄は少しの間それに見とれていたが、帝人が返事を急かすように見つめてくるので、重たく感じてしまう唇を開かざるをえなかった。

「今日、誕生日って聞いてよ」
「え?」

帝人は目をさらに丸くする。確かに帝人は静雄を見たとき、誕生日だから会いに来てくれたのかもしれないとほんの少し期待したのだ。だが、帝人はその淡い期待の可能性は無いに等しいことを知っていた。静雄に自分の誕生日を教えたことはなく、もし知っていたとしても、家の場所も知らない筈なのに会いに来てくれるとは思えなかったからだ。けれども、期待通りの言葉が帝人の耳に届いた。それが間違いでないか何度も頭の中で反芻する。それぐらい、帝人にとって信じられないことだった。

「それ、ほんとですか?」
「っつってもさっきノミ蟲から聞いたばっかで、プレゼントも何も用意できなかったんだが…」
「もう充分です!」

帝人は頬を赤らめて俯き、「静雄さんが会いに来てくれただけで、嬉しいです」と小さく呟いた。そのか細い声をはっきりと耳にした静雄は、自分より幾分も小さな身体を締め付けてしまわないように、優しく背中に手を回した。帝人は引き寄せられるようにして、ふわりと静雄のほうへ倒れこむ。

「し、静雄さん!?」
「帝人、誕生日おめでとう」

静雄は帝人に赤くなった顔を見られないようにと、上を向かせないように帝人の頭をわしゃわしゃと撫でた。







100322










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