「臨也さん、明日も暇なんですか?」
何気なくを装って聞いた。こんなふうに問いかければ臨也さんは自ら僕に「じゃあ暇だから明日どこかに行こうか、二人で」なんて言ってくれるのではないかと期待していたのだ。臨也さんは明日が僕の誕生日だなんて知らないだろうし、僕が臨也さんとその誕生日を過ごしたいと思っていることも知らないと思う。けれども僕から誘うなんていうのはできない。臨也さんが舞い上がりそうだし、調子に乗っていろいろされそうだし、何より恥ずかしい。だから僕はそれを臨也さんに言わせようとしている。けれども臨也さんの返答は予想外のものだった。
「ああ、明日かい?確か出かける予定があるよ。ちょっと面白いことがあるって聞いてね」
ずしん、と僕の周りにかかっている重力が強くなったような気がした。心臓が重苦しく感じるのは、期待していた分ショックが大きかったからだと思う。それでも僕はそんな心情を絶対に彼に悟られたくなかったから、平然を装って会話を繋げた。
「…情報収集ですか?」
「まあ人に会ったりするかな」
「へえ」
いつも暇そうにしているくせに明日に限って仕事が入っているなんて。臨也さんと明日会う人、といっても僕が全く知らない人なんだろうけど、その人を疎ましく思った。いつも臨也さんは僕に言い寄ってくるくせに、僕が求めたときには来てくれないんだ。もやもやしたものが喉元まで込み上げてくる。
「あ、僕用事思い出したんで、帰ります」
臨也さんの事務所のドアを開けて出ていくのとぼろりと涙が溢れたのは同時だった。
その日僕は珍しく早く寝た。チャットをする気にもなれなかったし、勉強をする気にもなれなかったから。起きていたら心臓がただの空き箱になったような虚無感を感じて、なにもないはずなのに息苦しくさせるそれから逃げるように布団に入ったのだ。
瞼を透かす光が眩しくて薄く目を開いた。
「あ、起きた」
「んっ…」
つい最近聞いたばかりの声が聞こえた気がする。けれど僕が寝ているのは僕の部屋のはずだから、ここには僕だけしかいないはずだ。幻聴だろう。まだまだ重たい瞼を押し退けるように開くと、ぼやけた視界に人らしき形が映った。
「おはよう、帝人くん」
その声で完全に覚醒した。身体を起こすと、ピントの合った視界の大部分は臨也さんの顔のアップで占められていた。
「え、臨也さんなんで?仕事は!?」
「あれ、まずどうやって入ったのって聞かれる予定だったんだけどな…」
「あっ…それ、それもだけど!」
「見て見て!合鍵作ったんだー」
いつの間に!僕の前でひらひらとそれを振るので、奪い取ろうと手を伸ばすけれど、ひょいと躱されてしまった。
「ま、これは預かっておくよ」
「っていうか仕事は!?」
「落ち着きなよ…。まず、仕事があるなんて一言も言ってないけどね」
臨也さんは意味深に言うと、くすくすと笑い始める。よくわからないと首を傾げると、ネタばらしをするみたいに話し始めた。
「ほら、今日って帝人くんの誕生日でしょ?」
「なんで、」
「一応情報屋だよ?それぐらいすぐに調べられるさ。だから、昨日“面白いこと”って言ってたのは帝人くんの誕生日のことで、“人と会う”っていうのは当然帝人くんのこと。だから俺は“予定通り”に君の家に来た。これでわかった?でもひとつ驚いたのは、」
臨也さんはさらに僕との距離を縮めて言う。
「帝人くんが俺を誘おうとしてくれたってことだなあ」
顔中に熱が集まるのを感じる。僕が必死に隠そうとしていた気持ちを臨也さんは知っていたのだ。にやにやと笑ってくる彼がむかつく。してやられた。
「いやあまるで俺がプレゼントを貰っちゃったみたいだよ」
「…最低」
「そういえばショックで泣きかけてたでしょ?」
「どうせ泣きましたよ」
「あはは…ごめんね」
そう言って臨也さんは僕を抱き締めた。よしよしと背中をあやすようにさすられて安心したのか、また泣きそうになった。とんだドSだなんて思いながらもやっぱり許してしまう自分も甘いなって思う。
「さあ、帝人くんのお望みどおり今日はずっと一緒にいてあげるからね、まずなにしたい?」
しがみつくように臨也さんの背に腕を回した。表情を悟られたくなくて彼の肩口に顔を埋ずめて、
「………してほしい、です…」
隠したところで僕がどんな顔をしているかなんて臨也さんにはとっくにバレているんだろうな。
100321