歩道の端で横たわっているぼこりと凹んだ自動販売機、根本で折られたとみられる道路標識の跡。何も知らない人間ならば、それを見てこの惨状は夢だと疑うだろうか、ただ常識の範疇外の現実を見て立ち尽くすだろうか。平和島静雄を知る人物ならば、恐怖を感じるか、またかと頭を抱えるか…。だが、今回その惨状を目の当たりにした、静雄をよく知る人物―竜ヶ峰帝人は、瞳をきらきらと輝かせたのだった。
息を切らせた彼は、この場所まで走ってきた。夕食の材料を買いにスーパーマーケットに向かう途中で、何か固いものが地面に叩きつけられて割れるような轟音、しかもそれが連続して聞こえたのだ。もしかしたら、と彼は心中で金髪のバーテンダーの服を着た男を思い浮かべると、それと同時に走り出したのだった。
だが、彼がたどり着いたとき既に音は鳴りやんでいて、つい先程まであの自販機を投げ、ひしゃげた標識を振り回していたはずの静雄は見当たらなかった。どきどきと打つ胸の高鳴りはため息に変わって帝人の口から漏れた。そして外出した本来の目的を思い出し、踵を返して立ち去ろうとしたのだが。
「竜ヶ峰?」
あり得えるはずのない声を聞いて振り返ると、そこにはいないと思っていた静雄がいた。だが彼はいきなり現れたわけではない。先程まで自販機の後ろに座り込んでいたので、ちょうど帝人からは見えなかったのだ。
「あれ、なんで…」
「さっきまでノミ蟲野郎と殺り合ってたんだけどなぁ、また逃がしちまって、そこで座り込んでたんだけどよ。そろそろ行くかって腰上げたらお前が見えたから」
帝人が会いたいという意思を持って来たことを知らない静雄は、それにしても偶然だな、と帝人の頭を撫でた。帝人はその言葉に息を詰まらせたが、すぐに口許をほころばせるとそうですね、と呟いた。会いに来たんですよ、と言いたかったのに、と帝人は条件反射で動いてしまった自分の唇を呪う。二度目のため息は静雄の前で吐くわけにはいかないので心中のみに留めておいた。
「どうした?元気ねぇな」
「いやっ、そんなことないですっ!」
帝人は慌てて手を振って否定した。どうやら考えていたことが顔に出ていたらしい。そんな帝人を顎に手を宛てて見ていた静雄は、彼の頭から手を離して言う。
「もしかして、俺と会いたくなかったのか?」
「え?」
サングラスの奥の瞳は睨むように細められ、眉間には皺が寄せられている。けれども帝人は、彼が怒っているとは思わなかった。寧ろ悲痛に堪えているような、泣くのを我慢しているような、どちらかといえば悲しんでいるのではないかと感じたのだ。
「そんなことないです!」
だからそんな顔をする彼を助けたくて、帝人は彼の大きな手を高校生男子にしては可愛らしい小さい手を大きく開いて握った。
「というか、歩いていたら音が聞こえて、静雄さんが近くで喧嘩してるんだと思って、寧ろ僕が会いたかったから会いに来たというか…。だから、えっと、静雄さんに会えて、すっごく嬉しいです…」
かあ、と頬が紅潮していくのがわかる。静雄はどんな顔をしているだろうか。笑っていたらいいけれど、会いに来たなんて言って気持ち悪いと言うような表情をしていたらどうしよう。俯いた帝人の両手は震えていた。
「わり、ちょっと手離してくんねーか?」
「あ、ごめんなさ、」
やはり気持ち悪がられたのだなと、ぐさりと心臓にそれこそ鉄パイプのようなものを刺されたようなショックが帝人の身体をこわばらせる。俯いた瞳から涙が溢れそうになったとき、ふわりと彼の身体は静雄の腕に包まれた。
「えっ、えっ、静雄さん…?」
「今のは竜ヶ峰が悪い。っつーか期待してもいいのか?」
その言葉の意味を理解すると、帝人はさらに真っ赤になった顔でこくり、とうなずいて、それを隠すように静雄に寄りかかった。
100317