魅惑の陽炎/竜銀 | ナノ

氷点下の炎のつづき


シルバーはワタルが見ている前であっさりとエリカに勝利した。とはいえ彼は自分たちの試合が見られていたということに気が付いていないようだったが。
エリカが敗北を宣言した後、彼のクロバットははしゃぐようにシルバーに擦りよって、嬉しそうに羽をぱたぱたと振った。彼が照れながらもクロバットを撫で返してやるのを、ワタルは微笑んで見ていた。
バトルに勝ったポケモンを褒めてやる。それはトレーナーとしてごく自然な姿であるが、少し前の彼はその姿を見せることは皆無であった。彼の考えるポケモンの存在意義やポケモンの概念が変わったのは、自ら歩み寄ろうとした行動であったり、ポケモンが彼に着いてきた努力であったり、ゴールドと何度もバトルして得た感情であったり、共に旅をする過程であったり、様々な要因が合致した結果である。
その中のひとつに自分がいればいいとワタルは思う。彼はシルバーを変化させた要因のひとつでありたかった。それでシルバーが自分に対して少なくとも“特別な感情”を持ってくれるのではないかという期待を持ったのだ。
レインボーバッジを受け取ったシルバーが振り返ると彼の視界にぼやけた人影が映る。シルバーがその影をワタルだと認識すると同時に、ワタルはシルバーに「やあ」と声をかけていた。

「なんで、お前が…」

暫くぶりの再会で、あまり良い思い出もないからだろうか。シルバーは手をひらひらと振るワタルに嫌悪感はさすがに感じなかったがかといって喜びもしなかった。ただ、なぜいるのだという疑問と、面倒な奴に会ってしまったというだるさだけを感じていた。
それを知ってか知らずか、ワタルは立ち止まったままのシルバーに歩み寄ると、上体を屈めて目線の合わせた。シルバーがムッとしたのに気が付かないふりをして彼の頭に手を置くと、びくりと震えて瞼をぎゅうと閉じてその後恐る恐る開いた。その反応にワタルは今から話そうとした言葉を見失う。まるで目隠しをされたようになにも見えなくなってしまったのだ。それは他者から見れば沈黙にも満たない会話と会話の隙間にある程度の間であったが、ワタルには不自然な沈黙が流れているという程の長さに感じられた。内心は焦りながら、口先だけは冷静な少し上から目線で彼に話しかける。

「よくがんばったね、いや見違えたよ」

嘘ではなかった。シルバーへの素直な感想のようなものをワタルが述べると、次は明確な沈黙が流れた。それがワタルを不安にさせたのは、彼が述べたことは一切シルバーの気を悪くさせる内容でなかったからだ。原因がわからないことほど不気味なものはない。何か(その正体はその原因において、ワタルが最も恐れている仮説であったが、彼はそれに気付いていない)がぞくりと脳内を這いずったような気がした。

「…なんか、」
「ん?」
「まさか褒められるとは、思ってなかったから、」

俯いて目のやり場が無いというように、そわそわとシルバーの瞳は行ったり来たりを繰り返していた。中途半端につむがれた言葉では彼の意図はよくわからない。ワタルは無意識のうちに彼の声に意識を集中させていた。

「えっと、まあ、その…ありがとう」

先ほどまで戸惑っていたシルバーの瞳は、俯きがちにそれでもはっきりとワタルを見た。一見ワタルは年上のおにいさんという雰囲気を醸して「どういたしまして」と言ったように見えた。だが彼の心臓が大きく跳ねたことや、その一言は真っ白になった頭の中から必死に探しだしたものだったということをシルバーは知る由もない。





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