ドライアイスの指先 | ナノ

ヨハンの部屋の前に着くころには、十代の身体は冷えきってしまっていた。春先にも関わらず外は冷たく肌を刺すような風が窓をがたがたと揺らし、雨こそ降っていなかったものの太陽は灰色の雲の中に沈み込んで顔を出すことはなかった。そんな寒さの中で十代は普段通りのTシャツとはおりもの一枚でやってきたのだから、身体が冷えてしまってもおかしくはない。冷えた指先を丸めこんでドアをノックすると、中からヨハンの返事が聞こえた。確かブルー寮は暖房があるはず。やっとこの極寒から解放されるという思いで、十代はその扉を開けた。ぶわりと吹き込むように感じたのは生暖かな空気で、身体がその温度差に戸惑っているような気さえした。だが、そのように異様に暖かく感じるのは、自分が数秒前まで冷気に晒されていたからだと納得する。その証拠に、指先はふるふると悴んでいる。

「十代やっときたかあ、外寒かっただろ?」

ヨハンが片手を振って手招きをする。つられてローテーブルを挟んだヨハンの向かいに座った。彼は浮いたように微笑んでいたり、地に足着かない発言をしたりすることが多いが、今日はいつも以上に呆けているなと感じる。それは、無意識に彼が話す言葉の語尾が伸びていることや、頬が赤く双眸がとろりと溶けそうな薄い涙の膜を張って細まっているからだった。十代はその表情に釘付けになって、数秒固まってしまったが、我に返ったように大袈裟に目を逸らした。そしてこう考える。ヨハンに熱でもあるのではないかと。よって先程考えたことは、自らの欲によって生まれたただの幻想に成り下がった。十代は情けないと感じながら、ヨハンの額に掌を宛がう。

「んー…熱があるってわけでもないか…」
「どうしたんだ?」

十代は小首を傾けるヨハンを見て、細い糸で心臓を締められるような感覚を味わいながら、それでも表面上は普段の自分を演じ続けた。

「なんか今日ヨハンぼうっとしてるだろ?だから熱でもあるのかと思って」

そうでもないみたいだと、額から手を引けば素早く伸びてきたヨハンの両手に包みこまれてしまった。熱いのは単に十代の手が冷えきっているからだけではない。ヨハンの手が異常に熱いからだ。しかし、驚くのはまだ早かった。ヨハンは十代のその掌を自らの熱もった頬にぺたりとくっつけたのだ。

「十代の手冷たあ…きもちぃ」

ヨハンは更に瞳をとろんと揺らめかせ、ふわりと睫を伏せた。語調はもわりと甘ったるく温まった空気に染み込むようで、十代はごくりと喉を鳴らした。手の甲や指先を頬に擦り付け、十代のもうひとつの手首を引っ張ってくると、今度はその掌を首筋に宛がった。ヨハンが気持ち良さそうに息を吐くのが聞こえ、触れた肌からはすべすべとした感触が伝わる。唖然としていた十代だったが、徐々に湧いてくる感情を磨り潰すような、堪えるような表情に変わっていく。十代はヨハンから片手を引くと、テーブルの上に置いてあったリモコンを掴んで暖房を切るボタンを押した。

「十代?」
「暖房が熱いんだろ?俺がヨハンの熱を冷ましてやるよ」

目を見開くヨハンの服の裾から、十代の冷たい両手が入りこんだ。






100312









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