「おい開けろって」

「開け、ない」

「何でだよ」

「うううるさい」

先程から何度も繰り返される押し問答に屁理屈ばかりのわたしが挑んでいる。すでに負けそうなのは目を瞑ろう。部屋のベッドにうつむせになり枕に顔を沈めるわたしの声は聞き取りにくいんだと思うけど扉を一枚隔てた向こうのエースはしっかりと聞き取ってくれることに若干の嬉しさが込み上げほんの少しだけ頬が歪む。もちろんいい意味で。

だからといっと扉を開けようとする気持ちは全くなく、再び口を真一文字に紡ぐ。涙でぐしょぐしょに湿っている枕はわたしに不快感を催し、わたしの頭上にある鼻水をちーんと咬んだ為にくしゃくしゃの塊になったたくさんのティッシュたちは汚いというよりも自分の不甲斐なさを痛感させた。ていうか何でこんな時間に。時計を見ると時刻は11時を少し過ぎたところで学校が終わるのには早すぎる時間だ。さては早退してきたな。わたしを、心配して。

トンッと扉から振動にも似た音が聞こえる。わたしはその音から逃げる様に、息も苦しくなるくらい枕に顔を埋めた。絶対、出ないんだから。こんなわたしを見たらエースはわたしに幻滅してしまう。そんなの嫌だ、駄目だ。よりリアルにその場面を想像してしまった為にじわっと目頭が熱くなった。
わたしだって本当は今すぐにでもエースの顔を見たい。顔を見て、名前を呼んで、ぎゅって抱きつきたい。でも出来ないの、こんな体じゃ。こんな、…っ

なんで、なんで、こんなことになっちゃったんだろ…、!ぎゅっと頭に深く被っている帽子を掴む。垂れる鼻水を拭う為に何度目かも分からないティッシュに手を伸ばしたとこだった。

「…、分かった。なまえの言いたいことは、よく分かった」

「え、?」

「別れよう」

え?

神様とやらが本当にいるとしたらきっとわたしがこうやって苦しんでるのを嘲笑っているのかもしれない、そんな背徳的な考えまでに達しているわたしにこの言葉は衝撃だった。この言葉の意味をわたしが理解した時にはすでに「邪魔したな」というエースの声が扉から少し遠ざかった所から聞こえギシリと踵を返す音が聞こえたとこだった。

わたしは即座にベッドから跳ね起きいつもなら今の場所から扉まで十歩もするところを大股で三歩で到達し、途中踏んづけたであろう何らかのものがミシッと音を立てようが気にせず勢いよく扉を開けた。開けた瞬間ゴツンだかゴンだか分からない鈍い音とその重量感ある感触と「いだっ!」という声も全部無視し案外近くにいたエースの胸ぐらをひっ掴んで力任せに引っ張り部屋の中に連れ込んだ。「おわっ!」と言いながら抵抗する暇もなく倒れ込むように部屋に入るエースを確認しながらこれまた勢いよく扉を閉めた。

「いっつ…!なんだよいきなり!」

「…っ!なんだよじゃないよっ、バカバカバカ!!何でそんなことになるのよっ!何も分かってないじゃない!」

「あ!?いてっ、やめろ!」

「そんなに、わ、わたしと別れたいなら別れるわよ!良かったね!」

「ちょ、タンマ、ふぐ!うっ」

「ふぐじゃないしいいい!!!」

わたしはうわーんと泣きながら枕でぼこすかとエースを叩く。叩く。殴り倒す。いてぇやらやめろやらふぐやら言いながら両手でTの字をつくるエースにタイムの暇も与えない。わたしにはタイムする時間もないのだから。時は止まらないのだ。

「おれだって別れたくねぇよ!ただなまえが…別れたいんだろ!」

「何それ!何で人のせいにしてんの!?そんなわたしだって別れたくないよ、でもエースが…っ」

そこまで言うとぎゅっとエースの制服を掴む。掴んでいないと、この手を離してしまうと、エースがどこか遠くに行ってしまう気がしたのだ。おれは別れたくないだなんて嘘なんてついて、嘘つき嘘つきエースのバカバカ。

「エースは…こんなわたしと、別れたいんでしょ…?」

バカバカ大バカ期末テスト30点め。心のうちで悪態をついていないとどうにかなってしまう。こんな自分の運命を酷く呪ってしまいそうになる。でもそれ以上に、別れたくない、と素直に言えない可愛くない自分を酷く惨めに感じることから目を背けたいだけなのかもしれない。

エースはしばらく黙った後、「なんだ、それ」と力なく呟いた。

「どうゆう…ことだよ…?なまえはおれに言いたいことあったんだろ?奥手なおれとは別れたいって言いたかったんだろ?」

「え?…なにその被害妄想?」

てんで話が掴めない。わたしはエースに伝えたかったことがあったのは確かだが、誰も奥手なエースとは別れたいなんてことではない。そりゃあ奥手なのは認める。半年経ってまだディープなキッスまでいっていないのをもどかしいと感じなかった訳ではない。だが明らかに今回のこととはまるで関係のないことだ。そのことを伝えるべく今のことは伏せながらも違う、ということを伝えるとエースは力が抜けた様に息を吐き肩を下げた。

「じゃあ…違うって、言うのかよ?」

「だからそうだってば」

「そうか…そうだったのか…、なんだ、よか…」

「…よ、か?」

エースはそこまで言うとハッとした様に何かに気づき「何でもねぇよ泣き虫」とポケットから出されたエースのオレンジのタオルをボフッとわたしの顔に突きつけられ、今のわたしの問いははぐかされた、と思う。エースの匂いがすんとタオルから香る。わたしは何だかんだエースの匂いが好きだ。安心するのだ。柔軟剤は何を使っているのだろう。そんな事を考えてしまいもう今の事は問いただせなくなってしまった。

「じゃあ、話ってなんだ」

ぐさり、ときた。

誤解が解かれ、はい終わり、とはいかないものだ。やっぱりそう来るかと嫌そうな顔をするわたしに「早くしろよ」と腫れ物が取れた様な清々しい顔をして急かすエースに察してくれという気持ちは伝わらない。仕方がない。ここまできたら仕方がない。わたしは一息深呼吸をして頭に手をやる。

「驚かないで聞いてね」

「?、お、おう…」

「ていうか見てね」

「?、?、あぁ」

きょとんと眉を寄せるエースはきっと全くこの意味を理解していないと思う。けど説明する時間は無駄だから直に見てもらったほうが早い。

シュルッ、と頭の帽子を取る。

露になった頭を見たエースの顔がみるみる強張っていく様は不快感よりも愉快感が勝った。あわあわとわたしの頭上を指差し震える手で「み、みみみみ…!?」と語尾が上がる。反応は想像以上だった。

わたしの頭上に聳え立つ二つの耳。

時おりぴょこん、ぴょこんと震えるこの耳。毛の生えた、獣耳。この形、大きさ。猫を見た者なら一目でこれが猫な耳だと分かる。そして猫耳カチューシャでなどはないと分かる異形な生え方。わたしはその二つの物体を指差しへらりと笑う。

「猫耳、生えちゃった」

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