それはいつもの日常風景。
時刻は午前8時27分。

朝から騒がしい教室の扉を気だるく開け、チラッと斜め上にある時計に目を移す。あ、間に合った。SHLは30分からなので運よくギリギリ間に合った。でもおれは遅刻するからと言って別段急ぐこともなく登校してきた。何故かって?おれは朝は弱いからだ。
左から二列目、前から二番目の席まで歩き、どすんと鞄を置いた。その次に首に巻かれている少し濁った赤色のマフラーを外し、鞄に押し込んだ。

「ようエース。今日も相も変わらずギリギリだな」

斜め後ろの席から声を掛けられ、肩越しにそちらを見ながらおれは「おーす」と挨拶を返した。
そこにはおれの友達のマルコとサッチがいた。当たり前だがおれがいつも登校してくる時間には必ずいる。そしてその席はマルコの席だ。

いつも通りの挨拶。いつも通りの定位置。


だが、この"いつも通り"は次の言葉から崩れていくことになるなんてこの時は微塵も思わなかった。

「あれ?おまえなまえには会ったのかよい?」

「は?なまえ?」

いきなりマルコにそう言われ、なんでなまえの名前がでてくるんだ?とおれは出てくるとは思わなかったその名前に疑問を持った。そんなおれの反応を見てマルコは「あぁ。おまえのこと探してる感じだったけどな」と言ってきた。何かとまだ朝の余韻が残っていておれの頭は正常に動いていないのだろう、へーと他人事の様に言うおれにマルコは「おまえ携帯…どうせ見てねぇだろい…」と苦い顔を浮かべて、呟くように言ってきた。

そう言われてはた、とおれはまだ朝から携帯を開いてないことに気づいた。そんなおれに気づいたのかマルコははぁ、と溜め息をつく。サッチもサッチで「おまえ彼女の情報は逐一掴んどけよ」と笑いやがった。おれは「うっせー。朝は苦手なんだよ」と抗議の声を洩らしながら服のポケットに手を突っ込み探るも、中から携帯と思わしき重量感を感じるものは無かった。あれ、無ぇや、と思った直後タイミングよく担任が教室に入ってきた為、おれは携帯を探す行為を中断しいそいそと自分の席に戻ろうとした。

のだが、マルコの「なんかあいつ切羽詰まった感じだったぞ、…気のせいかもしれねぇが」と言う言葉で、おれは自分の席に座るタイミングを失ってしまった。

どういうことだよ、というおれのマルコへの問いかけは担任からの「エース君早く座りなさい」と言う言葉で空気となった。

切羽詰まった?朝から?マルコの口振りからはなまえとはもう学校で会った様な感じだったが、あいつ今日学校来るの早くねぇか?いつもならおれより学校来るのは遅い。まぁあいつ大体遅刻してるけどな。

なまえとは家の方向が違う為、一緒に登下校はしない。だから朝はたまにばったり会ったり会わなかったりという感じだ。だから朝からおれに用事だなんて、珍しいこともあるもんだ。

「…別れ話かもしれねぇぞい」

ボソッと呟かれた不吉な言葉におれは不機嫌丸だしにして後ろを振り向く。そこには口角を上げてニヤニヤした顔を浮かべているマルコがこちらを見ていた。

「…どーゆー意味だよ」

担任に聞こえない様、おれも声を潜めて話す。

「おまえ奥手中の奥手じゃねぇかよい。だからなまえも、あれだ、もっと積極的な男がいー!みたいな」

その言葉にうっ…と言葉が詰まる。まさか、なんて笑い飛ばせない所が悔しい。

「う、うっせー…!はげ鳥マルコ」

ガキ臭いと言われようが、悔しいので言い返す。だがその言葉に食いつきがよすぎたのか「てめぇ表でろよい!」と言うが早いか机をバンッと勢いよく叩きマルコは立ち上がった。

気にしてたのか、頭

なんとなく申し訳ない気持ちになったのだが、担任がオロオロと泣きながら表に出ようとした為、マルコよりも担任に申し訳ない気持ちになった。

一通り担任を落ち着かせた後、先ほどのマルコの言葉が頭の中をぐるぐると駆け回っていた。

いやでも待て、まさかいきなりそんな、いや、でも、今まで積もりに積もった不平不満が爆発して…

そんな時鞄が震えた。いや、鞄の中にあった何かが震えた。おれが持っている所有物で震えるものといったら二つしかない。そしてその一つ、なまえがUFOキャッチャーで取ってきたこなきじじいの人形はなんとも顔が苛ついた為家の机の引き出しの奥にしまっている。

ということは

おれは鞄の中を探り、ウ"ゥ―ウ"ゥ―と振動の元となっているものを手に取った。なんだ、家に忘れたかと思った、とほっと安堵のため息をついたが携帯を開いた途端、それを吸う形となってしまった。

メール受信数5件と着信履歴が10件。

そこには全てなまえの名前が。まさかなまえに何かあったのでは…!?とおれは恐る恐る、メールを開いた。

date 12/03 7:35
from マイナニ―
sub 緊急事態
─────────────
発生した

   ーーーーENDーーー


date 12/03 7:50
from マイナニ―
sub ちょっと
─────────────
電話にでんわ

   ーーーーENDーーー


date 12/03 7:45
from マイナニ―
sub 無視ですか
─────────────
そうきますか。
それともこれは焦らしとかそんなんなの?
そんなのいいから早く連絡頂戴よ!
   ーーーーENDーーー


date 12/03 8:03
from マイナニー
sub 豆腐の角に
─────────────
頭打って死ね

   ーーーーENDーーー


date 12/03 8:35
from マイナニ―
sub パフェ食べたい
─────────────
でもなんだか冷奴食べたくなってきた

   ーーーーENDーーー


なんだこれ。
冷奴って…絶対その前のメールで豆腐って打ってから頭から離れなかったんだろうな。なまえの気持ちが手に取るように分かってしまって苦笑せざる終えない。受信名の"マイナニ―"というのはなまえが勝手におれの携帯をいじくり自分の名前の所にマイハニ―と打とうとして間違えたせいである。…ちょっと嫌な気もするが面倒なのでそのままにしてある。

一通り目を通したがメールの内容からおれが思っていたほど"何か"があった訳ではないらしいので、一先ずほっとする。でもなんだ?緊急事態って…?

――まさか…

きりつ、その言葉が聞こえたと思ったらガタガタとみんなが席を立ち出したのでおれも慌てて席を立つ。

朝のSHLが終わりガヤガヤと騒がしくなった教室でただ一人浮かない顔をして、おれは携帯を握りながら教室から出るのだった。

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