少しばかり生暖かい風がおれの頬をなぜていく。闇夜の中、海面がゆらゆらと月の光を照らしだす。 冷静になれ ああマルコみたいになれる訳ねぇよ。つか何だよみんな暗い顔しやがって、ジョンの言ったことを鵜呑みにしたのかよ?みんなは…あいつのこと、信じてねぇってのかよ! 夜の陽気に当たれば少しばかり頭が冷えるだろうという考えは無駄だったようだと気づかされた。 募る苛立ち。 一日かけて何度探しても島にはいなかった。おれがこうしている間にもドジなあいつのことだ、石につまづいて転けているかもしれない、よろめいて出会った時の様に木に頭をぶつけているかもしれない、夜が怖くてピーピー泣いているかもしれない。あいつは不器用だ。口だって悪い。喧嘩腰だし、だから可愛げがない。それに海賊が嫌いだと抜かす。 だからきっと、誤解されてしまう。 けど、けどな、あいつだって女だ。人一倍怖がりなんだ。男達には立ち向かうかもしれないが幽霊には腰を抜かすし、あんな勝ち気な性格をしている様に見えて案外傷つきやすく繊細な心の持ち主だ。自分で言ってしまったことに自分で傷ついてる奴だ、不器用な奴だ。馬鹿だよな。 「…本当馬鹿だ。こんなに心配かけさせやがって…」 でも一番馬鹿なのは こんな時に何も出来ない非力な自分だ。 どこにいるんだよ、なまえ 「…、くそっ!…っおふぅ」 うやむやな気持ちをぶつけるようにダンッと壁を蹴ったが予想以上に強く蹴ってしまった為足に激痛が走った。おふぅ、なんて間抜けな声が出た。ジンと目頭が熱くなった。恐るべしカッコ悪さだ。これも全てなまえのせいにしてやる。 そしてふと、後ろに気配を感じた。 「…なんだよマルコ」 おれは振り向かず後ろにいたマルコに問いかけた。正直今のを聞かれていたと思う。色んな意味で振り向けない。 「…悪かったよい」 マルコは呟くように謝罪の言葉を述べてきた。 「い、いいって気にすんな…!ていうか寧ろ気にしないでくれ頼むから。おれもちょっと今のは恥ずかしいって思ってんだよ実は」 「誰もおまえの恥ずかしい行為を見たことに謝ってる訳じゃねえよい」 色んな意味で惨めになった。 そうかそうなのか、と返事を返す。さっきの今で顔を合わせづらい、よしこのまま振り向かねぇ。おれは怒ってんだ。 「…じゃあなんだよ?」 「お前の言った通り、…おれのせいかもしれない」 ざざん、と夜の海が鳴いた。 マルコは、言った。おれは振り向いてマルコを見た。その顔は至極真剣だった。 「…おれはあいつに、酷いことを言っちまった。傷つけたかもしれねえ」 両手をぐっと握っておれの目を見据えて言葉を紡ぐマルコは至って真剣だった。そしてふいと顔を背けたかと思うと、あいつのあの顔が、頭にこびりついて離れねえよい、と言った。なんだおまえもかよ。 「今更こんなこと言っても仕方ないかもしれねぇけどよい」 ──悪かった 再度謝罪の言葉を言い、ペコリと頭を下げたマルコ。あのマルコが、だ。おお、バナナの根元が見える、なんて茶化しも今のマルコには通じないだろう。 「……バッカじゃねえーの?」 しばらくの沈黙の後、俯いたままのマルコにおれは吐き捨てる様に言った。ああマルコは馬鹿だ。大馬鹿者だ。 「…言う相手が間違ってんじゃねえか?マルコさんよ」 おれがシシッと笑えばマルコは下げていた頭を上げ、…そうかもねい、と苦笑気味に笑った。おれに謝ってどーすんだよマルコさんよ。先程までのピリピリとした空気はいつの間にか和らぎ、おれの胸につっかえていた塊が取れた気がした。おれの知ってるマルコだ。なんだ、マルコも何だかんだ心配してんじゃねえかよ。 「じゃあさっきの態度は何だったんだよ?くっそウゼェおれのバナナは世界一だぜとか抜かしそうなナルシ気取りだったじゃねえか」 「おまえの目におれはどう映ったんだよい!?…さっきのは、可能性を述べただけだろい」 「んあ?」 「たく…、だから隊長格のおれらが私情に流されて判断するのはみんなを危険に晒すということだろい。だから客観的な視点でだなあ」 「ふーん。まぁ要するに本当は心配してたってことだよな」 「聞いてねぇだろい…。まぁ…そうなのかもねい。と言うかおまえは感情的になりすぎだ」 「…うっ!だってよ…!ジョンやみんなが…!」 痛いとこを付かれた。 おれだって分かっている。おれが熱い男だってことくらい。反論できそうもない為口を尖らしていると、おまえってやっぱりキショイな、と真剣な表情で言われた。放っとけ。そして、みんなも心配してんだ、と食堂の方に親指をくいっと向けたマルコ。ああ、そうだよな。おれだけじゃないよな心配してんのは。そう素直に思えるようになっただけおれは大分冷静になれたんだと気づかされた。 「あー、たくマルコはなまえが嫌いなのかと思ったぜ。え?…嫌いじゃねぇよな?」 「何不安になってんだよい。…嫌いじゃねえ。嫌いじゃねえけど…」 「?」 何故か言葉につまるマルコ。 「…じゃあお前はあいつのこと好きなのかよい?」 「あ?んー…、まあ、好きなんじゃねえか?あいつ面白いしよ」 はぐらかす様に質問返しをしてきたマルコにおれは笑顔で答えた。もうおれの中じゃ仲間同然だしな、なんて当たり前の様に答えたら、おまえの素直さが羨ましいよい、と力なく笑った。 え?羨ましい? 「それどういう意…」 おれがマルコの意味深な言葉の意味を訪ねようとした時、エース!!という馬鹿でかい声によってその行為は遮られてしまった。 「な、なんだよ…?随分おおっぴらな夜這いの仕方だな」 「お前何考えてんの!?じゃなくて見ろよこれ!」 何か興奮してるサッチがズイッとなんかの紙を目の直前まで持ってきやがった。近すぎだろ。見えねえよ!とサッチを叩くと、すまんと言いながらより近づけてきたサッチ。近すぎだろ。だから見えねえよ!とおれはまたサッチを叩いてその紙を奪った。手紙?しかも速達と書いてある。 「な…、んだこれ…? 」 そこには驚くべき内容が
「カス…野郎…?」 「見るとこ違えだろ!!」 そこでハッとした。 賞金稼ぎって…なまえしかいねぇじゃねえか。あいつは無事なんだな。ナベル島っつーと、ここからあんまり離れてないな。 緩む口角を押さえることなく、おれは震える手で手紙を握った。 センキュー、赤髪 「漂流のなまえだって…?」 「ああ、これです」 スモーカーによって差し出された写真には言わずもがなあの時と何ら変わらないなまえの姿が写し出されていた。 「あらららら、こんなとこにいたのね」 やっと見つけた。 漂流のなまえ 明日の天気は晴れるでしょう (おれちょっとあいつを迎えに行ってくる!赤髪にお礼よろしくな!) (ちょ、!酒は!?) (またな!) (てんめえええ!行くな!帰ってこーい!!) |