チクタクチクタク

タンタンタンタン


シンと静まり返った食堂には時計が針を刻む音とおれの人差し指が机を叩く規則正しい音だけが響いている。

チクタクチクタク

タンタンタンタン

大の大人の男達が何人も揃っている中重々しい空気が食堂内の隅々まで埋め尽くしている。おれは食堂のカウンター席に腰を落ち着かせており右手は肘をついて左手の人差し指は先ほどから一定のリズムで机を叩いている。苛立ち、不甲斐なさ、もどかしさ、それらがおれの胸の辺りをぐるぐるとさっきから迂回してはおれを冷静にさせてくれない。ああムシャクシャする。こんなんじゃおれの体が火を吹くぜ、なんて冗談にもおれにとっては本気とも取れる様な台詞を心のなかで呟いた。

そんな時ガチャリ、という音を立て扉が開かれた。その瞬間おれは期待と不安が入り混じった様な心臓の鼓動を感じた。

だけど扉から出てきた奴等の落胆の表情が視界に入ってすぐに期待の籠った波打つ鼓動は急激に冷めた。

「…すまねぇ。やっぱりどこにもいねぇ…」

ほらな、期待もくそもねぇ。呟かれた言葉に無意識にも舌打ちが出た。


昨晩から姿を消したなまえ。
最後に見たのはいつだったか…なまえが悲痛な表情を浮かべおれとマルコの前から走って去る所だった。あの時、すぐに後を追いかければこんなことにはならなかった。ああならなかった。こんな悔しい気持ちにもならなかった。でも、追いかけられなかった。あいつの言った言葉に、体が動かなかったからだ。


好きで、
こんなとこにいるんじゃない


その言葉がなまえから出た時、ズシリとした重りが心にのし掛かった。例えて言うなら、裏切られた気分というやつだ。何に裏切られたって言われたら困るんだけどな。

おれは勝手に期待して勝手に裏切られたと感じたのかもしれないな、なんて思いながらもそんな馬鹿げた考えを振り払う様に目を閉じた。


チクタクチクタク

タンタンタンタン

「…な、なぁやっぱりあいつ、おれ達と一緒にいるのが嫌で逃げ出したんじゃねぇのか?」

チクタクチクタク

タン、

そんな中
一番言ってはいけないこと、いや一番言ってほしくなかった言葉が三番隊のジョンの口から溢れ出た。

重たい口を開いたジョンの言葉にみんなしてそちらを向いた。

「だってよ、やっぱりあいつ賞金稼ぎだったんだし、海賊が嫌いとか最初言ってたしよ…逃げ出す機会をずっと伺ってたんじゃねぇか?」

途端に重々しい空気がざわめく。ざわざわとするも誰も否定も肯定もしない。

「あのとぼけた性格もおれらを欺く為に演技していたかもしれねぇ。それによ、何か言ってたよな?あいつおれ等のこと海軍に突き出すってよ?だからもしかしたら海軍の奴等に

「しねぇよ」

ジョンが言い切る前にその言葉を遮った。

「あいつは、絶対にそんなことはしねぇ」

ざわめいていた空間にまた沈黙が訪れる。おれはグッと握った拳を見つめたままそう言い切った。ただそう信じたいと勝手におれが思っているだけかもしれない、これはただのおれのエゴだと片付ければそうかもしれない。だがしかし確固たる自信がある訳でもねぇが、あいつはそんな奴じゃないと、しっかりとそう言い切れる。

そしてふと、おれの中でなまえの存在というものがとても大きくなっているということに気がつかされ心の中で苦笑した。

「それによ、」

「つまづいた拍子にサッチのパンツを下げるなんて芸当、演技じゃできないだろ?」

おれが下げていた顔を上げみんなの方を向いてそう言うと、それ今言うことかよ…、と股に手を当てて真剣な表情をするサッチ。

「言いきれるのかよい」

すると扉付近の壁に凭れ今まで一言も口を開かなかったマルコが、おれに向かって問いかけの様にも呆れた様にも取れる言葉を放ってきた。おれはぐっと眉間に皺を寄せマルコの方を見た。見方によっちゃ睨んでる様にも見えるがな。

「…じゃあマルコはあいつがおれらを裏切って海軍に突きだすとか言うのかよ?」

「さぁな」

さぁなって…!、しらっとそう答えるマルコに苛立ちおれはダンッと机を叩くや否や乱暴に席を立って、悠々と壁に凭れているマルコの胸ぐらをグイッと掴んだ。ただならぬ雰囲気に周りの奴等が止めに入るがおれはもう既に腸が煮えくり返っているせいで歯止めが効かない。ただ何を考えてるか分からないマルコをギッと見つめるだけだった。

「…マルコ何だかんだあいつに突っかかってたよな。そんなにあいつのこと嫌いなのかよ?だから心配もしてねぇってかよ?」

「そういうことじゃねぇよ。ただそういう可能性もなくはないっていうことだよい。少しは冷静になれよい馬鹿」


「…馬鹿!?ッ、可能性って…もしかしたらあいつ今危ない目に逢ってるかもしれねぇんだぞ!?つか元はと言えばマルコがあんなこと言ったからだろうが…!それに、あいつの、あんな顔…!」

一瞬、マルコの表情が険しくなり眉間に皺を寄せたのを見逃さなかった。

「おめぇら、何してやがる?」

部屋中に響くほどのやけに図太い声が聞こえ、おれはバッと声のする方に顔を向けた。そこにはいつからいたのか酒を片手に座っているオヤジがいた。「オヤジ…」マルコも今気がついたのかおれと同様呆気に取られた顔を浮かべている。そんなおれらを見てグララララ!と寛大に笑い声を上げるオヤジ。

「おめぇら喧嘩なんかみっともねぇぞ。酒でも呑め」

酒って…なまえが危ない目に逢ってるかもしれないのに、とソワソワとしていたおれに気づいたのかオヤジがおれを見てニヤリと笑った。

「めんどくせぇこと考えてんな、信じてぇならとことん信じてやれ。おれはなまえを信じてる。まぁなんだ…今はもう遅い。何も情報がない中歩き回るのもあれだろうし、あいつもすぐ危ない野郎に捕まる様なヤワなタマじゃねぇだろ。待っててやりゃあ、案外ひょっこり出てくるかもしれねぇぞ?」

グララララ!とまた盛大に笑うオヤジに拍子抜けした。だけどどうも心配だ。だがしかしどうやらおれは感情的になり過ぎているのだとオヤジの言葉から気づかされ、込み上げてくる苛立ちを押さえながら掴んでいたマルコの胸ぐらを勢いよく離した。

力任せに掴んでいたせいで大きく皺が寄ったマルコのシャツを最後に見ながらおれは踵を返した。サッチがどこに行くのか聞いてきたが適当に、トイレ、と言ったのを最後に食堂を後にした。


今だに降り続けている雨はどうやらおれの心配を肥大化させる為の調味料の様だ


(お、おいマルコもどこ行くんだよ!)

(トイレだよい)

(連れションかよ…)

(まだまだ餓鬼だなぁあいつらもよ)




 

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