◇勾陣の場合◇

 春になったら必ず見に行く花がある。
 人は桜に気を取られてしまうからか、ひっそりと日陰に咲く花だ。5枚の花びらのうち上側の3枚は小さくて桃色に紅色の模様があり、下側の2枚は大きくて白色。特徴的な花弁をしている。
 傍にあるのは紅葉と銀杏の木。秋になるまでほとんど見向きもされない場所だろう。
 最初に見たのはいつだったか。多分、昌浩がまだ幼かった時だ。たまたま暇つぶしに歩いた日陰で見つけた奇麗な花。こんなところに咲く花もあるのかと、始めは静かに、しかしのびのびと咲くこの花に興味を持っただけだった。
 それから枯れもせず変わりもせずに毎年そこにある、名も知らない花にだんだん惹かれていった。

 ふと気づけば、毎年一度は見に行っていた。

 蕾が開く前も、花がしぼんだ後も見たことがない。特に図っているわけではないが、いつも見るのは盛りのみ。

 ――だから、まさかこんな時期にこれに出逢うとは思いも寄らなかった。

「この葉は……」
 銀世界の中に突如現れていた緑。勾陣にはその葉に見覚えがあった。あの花の葉だ。
 今まで彼女は晴明の元に来た依頼をこなしていた。雪に覆われた山から妖が出て来て麓の村に被害が出ている。しかし山奥に入られたらどうにも出来ない、なんとかしてくれと。
 少しばかり遠方だったのと、都と違い、かなり雪が深い場所だったから晴明も昌浩にさせなかったのだろう。たまたまその場にいて暇だった勾陣が行くことになった。
 出たという妖はさして妖力の強いわけではなく、本来十二神将二番手という位置にいる彼女が行く必要もなかったが、わざわざ他の神将を呼び出すのもなんだろう、と自ら引き受けたのだ。
 行くときに雪が降っていた。あれがばかなことを考える前に帰って来なければ、と勾陣は先を急いだ。
 異界を戻る途中、下界に最近毎日逢っている同胞の気配を感じた。けれどもいつもの屋根上ではない。
 なんだと思って降り立つと、――目の前にこの葉があった。
 払われた雪の跡。漂う気の残滓。
「騰蛇が居たのか?」
 独り言(ご)ちに呟く。
 ここは特定の季節以外あまり目につかない所だ。おそらくここの花も勾陣しか知らなかっただろう。なのに騰蛇が何故。
「……見つけたのか」
 地面についた足跡を辿ると、屋根上から来てまた帰っている。多分そこからこの緑を見つけてやって来たのだ。あそこからなら見えなくも無いから。
 彼女はその場にしゃがみ込み、雪が少しだけ積もった、そこだけ別世界のように思える葉を優しく撫でた。
「そういえば、これと同じだったな」

 ――あれに惹かれていく様は。

 春になってこの花を見る度重ねていた。紅と白の花びらが、彼を連想させたから。
 春以外には見なかったため、今まで雪が降っているにもかかわらずその下にやはりのびのびと育っているなんて知らなかった。
 ひっそりと咲き誇る花の様。六花に抱かれてもなお育ち続けるしたたかさ。それを知った今、この花により惹かれる。
 彼女は胸元をぎゅっと掴んだ。
 この花に想いを秘めていた。図らずも盛りしか見なかった花は、それを現していたのかもしれない。
「……戻らなくてはな」
 葉に積もった雪を払い、彼女はすっくと立ち上がった。まだ主に討伐完了を報せていない。
 早く報せて逢いにいこう。多分待っているから。逢いたい、と思ったこの気持ちは秘密のままで。
 春になったらこの花を騰蛇と一緒に見ようと思った。その閃きに理由要らないように思えた。
 雪など溶けて早く春になればいい、と願いながら勾陣もまた駆け出した。






 ――――二人は未だ、知らないが。
 その花の名はユキノシタ。千年の時を経て尚存在する花であり、

 『秘めた想い』という言霊が込められた、花である。





――――――――
互いの姿を見出だす花は、いつだって枯れずに育ち続けていた。


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