お題 | ナノ

あなたがいない


玄関チャイムを三度鳴らしたが、足音すら聞こえない。
煮物を作ったのでどうぞ、とあれほど鏡の前で練習してきたのだが、いないという選択肢は頭の中になかった、迂闊だった。
サンダルの中で指を二三度動かし、しょうがないので帰ることにする。
晩御飯はこのあり得ない量の煮物だ。

「何をしておる」
「かいのとら」
「鍋など持って、…む、煮物か」

信玄はスーパーの袋を腕に下げ、鍵をポケットから取り出す。

「ワシの惣菜と分け合わないか」
「すてきなていあんですね」

旨い、と彼は言った。
煮物を作りすぎたのでどうぞ、ともう練習することはない。