コロラトゥーラのはじまりで 目を開けると、病室の隅に市がいた。 白いコートは融けた雪で濡れ、外の寒さを物語っている。 手袋を外した手にはオルゴールがあり、赤い指がカノンを奏でる。 「何だ、出られたではないか」 調子の良くなった喉が発したのは、少し意地の悪い言葉。 もっと他に何かあっただろうに、とは思うのだが、しょうがない、高熱でうなされていたのだから。 「うん、…長政様のおかげね」 「ならば7時20分に出てきてほしかったのだが」 「…ごめんなさい」 うつむき、カノンが弱くなる。 何周したか分からないカノンの迷宮が、長政を意地悪くさせるのかもしれない。 「どうして今まで学校に来なかった」 「…雪」 「え?」 「雪が、降っていたから」 途中から始まるカノンはむず痒く、真意の分からない市の言葉のようだった。 |