ノワールのカノン 「い、市…」 「起きちゃだめ、長政様、熱があるのよ」 柔らかな桃色の毛布に包まれ、長政は潤んだ瞳を部屋へ向けた。 全体を桃色にまとめた、小さな部屋。 折りたたみテーブルから手回しのオルゴールに至るまで、全て市の香りに包まれている。 「熱、だと」 「長政様、毎日寒いのにお迎えに来てくれたから…なのに私、ごめんなさい、ごめんなさい…」 「何故謝る」 私が勝手に来て、勝手に帰っただけだ、市の罪ではない…は、咳に負けた。 言うべきではないと、喉の熱さが伝えている。 「市が悪いの、家から出られない、市が…」 さめざめと泣く市の涙を拭ってやることもできない甲斐性なしには、市を責め立てる権利もない。 |