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空飛ぶ選択肢


少女漫画雑誌を捲る小さな手がずっと止まったっきり、いつまでも動かない。診療所の待合室、ぷらりぷらりと揺れるスリッパがやけにもどかしくて、雑誌を戻しに立ち上がった。
雑誌置き場は週刊誌用のスペースしかなく、少女漫画雑誌を押し込むには不格好に避けるしかない。いつきは雑誌の幾つかを隅にやり、少女漫画雑誌を開けた場所に置いた。
前月号の少女は泣いていた。今月号の少女は幸せになった。いずれも表紙の少女で、話の中では悲しくとも嬉しくとも、どんな感情の変化があったって、いつでもこちらを向いて微笑み続けている。そんな精神、いつきにはない。欲しいとも思わない。

「悪い」

ようやく未練がましい指を離すと同時に、片目のおにいさんがそれに手を伸ばした。表紙の少女がちょっと嬉しそうな顔をした。

「読み過ごした。読んでいいか」

見ると雑誌は先月号ので、時間の隔たりに気づかなかったいつきは、一番新しい号をコンビニの袋に入れているおにいさんを見た。
読むか、と渡された袋はカサカサ鳴った。

ヒロインは、可愛くなくては他人に気に掛けられない。片目のおにいさんは、紙の中の少女に視界を泳がせる。
紙面を騒がせる歌姫になりたいと、二ヶ月ぶりに思った。