ログ | ナノ
猫はこたつで丸くなる


市、と長政が呼んでいる。シャリシャリと近づいてくる音は最近の日課になりつつある。耳をそばだてなければ聴こえない音。長政の来訪を前もって伝えてくれる溢れる冬の音。
市、と焦れったそうに長政が呼んでいる。姫、お開けいたしましょうか、と侍女が言うのに任せる。ゆっくりと開かれる縁側の向こうで、長政が白を漏らして待っている。

「長政さま」
「市、いたのか。こう返事がなければ病かと思うではないか」

締め切られた暑い部屋に、長政は頬を赤くしている。どの赤か分からない。兄は、長政が市をどう思っているか教えてくれない。好きだったら素敵だわ、と秘めた胸が炭火を跳ねる。

「市、病じゃない……」
「ならば出かけないか、空気が澄んで気持ちがいい」
「遠く?」
「湖までだ」

今時期の湖は氷が張って見事だぞ、と赤らめた頬で長政が言うので、いよいよ分からなくなる。
これは政略結婚。兄上の策略。操り人形はぎこちなく動く。暑い中で冷え切るのは油が足りていないから。油の湯に浸かった操り人形はよく燃える。火に近づいて、いつか手から燃えていく。
長政が差し出す手は、炭櫃内の火よりずっと現実的な色だった。行きたい、と願う気持ちと天秤が揺れる。

「行かないか?」
「……きっと寒いもの」

そう言いながらも、傾き落ちた天秤の心で長政の手を取り、そっと霜の地面に足を降ろす。
霜を歩くのは長政の特権。隣を歩くのを許してくれるのは、市を認めてくれたから?何でも構わないと思えたのは、冷たく赤い長政の手が、青白く震える市の手をしっかりと包んでくれたから?

燃えない手が、少しずつ、柔らかい熱を帯びていく。