「眠れないの?」 「ええ、まあ」 「あなた、そんなに弱い心を持っていたかしら」 「失礼ですね」 ぱたん、と埃の被った書物を閉じ、光秀は夜半の訪問者の奥の灯火に目をやった。灯したままではやはり分かられてしまうか。しかし、明るくしなくてはろくに暇潰しもできやしない。新月に近付いていく月が憎らしい。 「何かご用ですか」 「いいえ」 「嫁に入った娘が来るべきではないでしょう」 「随分とつまらない男になったものね。戦場とは大違いだわ」 赤い赤い口紅が、照らされては闇に消える。この唇が、これから人の肌を這うのだろうか。閉め掛かる指先に名を呼んだのは、後にも先にもこれっきりだった。 「…帰蝶」 「何かしら」 「灯りを、消してくれませんか」 ふ、と形作った唇に、光秀は胸の中で唇を重ねた。苦い、鉄の味がした。 (月よいつまでも欠けないでおくれ。夜よいつまでも明けないでおくれ。私は灯火を焚き続けよう。いつか気付いてくれなくなったら、もっと大きなものを、私は) |