職業 | ナノ

キャップギャップ


それでも工事は完成に向かうし、常連はやって来る。
いつもの完全な髪型ではなく、今日は帽子を被っていた。

「この間の…」
「話ならもうしません」
「…350円。面白い小説だったよ」

チャリン、チャリン、と音を立てて小銭が置かれる。
ついでに財布と、鞄と、帽子も。

「大変不器用なんだ」
「小説の話なら聞きます」
「僕の話さ」

350円から顔を上げると、常連の髪は惨めに絡まっていた。
いつもの雲ではなく、失礼ではあるが蜘蛛の巣に近い。

「大変、な髪型で」
「恥ずかしくて、他の人には見せれやしない」
「…でしょうねえ」
「だから、お願いだ」

常連は、自分のために髪をセットしてくれるそれだけのサロンでいい、と大真面目な顔でしがない古本屋の代理店長を揺さぶった。
まるで新しい店より、少し使われている方がメンテナンスが楽だ、と。

笑ってしまったら合意を意味することは、十分理解できた。
それでもこの整った服と顔と、全く整わない髪とのギャップが面白すぎて、とうとう吹き出してしまった。