中学生のとき、初めてあのひとに出会った。はじめはただの、周りにいるような頼れる大人のひとってだけ思っていた。長い時間一緒にいて、長い時間LBXの話をする内に好きになった。

 中学を卒業するとき、あのひとに告白した。一世一代の大告白である。その言葉は、今でも覚えてる。
「すきです、お付き合いしてください!」
 全くもってシンプルで、在り来たりだった。告白が成功する可能性なんて、僅かなものではあると思っていた。でも、少しだけ、期待していたのだけれど。あのひとは笑って、言い放ったのだ。
「僕は大人で、きみは子どもだよ」
 それがなんの理由になるのだろうか。好きになったら、年なんて関係ないのに。高校生になるわたしは、高校生がとても大人に見えて、あのひともわたしを大人として見てくれるような気がしていた。実際のところ、わたしはまだまだ子どもだった。もちろん、今も。
 あのひとはとても素敵なひとだ。わたしは職業なんて見てるわけじゃないけど、あのひとの恋愛対象の女のひとたちは、大企業に勤める彼を放っておいてくれないかもしれない。見えないライバルが、たくさん。

 高校生になってからあのひとに会うと、封筒を渡された。中には図書券が入っていて、「進学祝いだよ」とあのひとが笑う。親戚のおじさんみたいに。わたしのことを、親戚の子どもとして見てるみたいに。
 封筒を突っ返して、なにも言わずに走って家に帰った。息が切れて、涙が出て、嗚咽が出て、お腹と胸がぐるぐる痛んだ。あの感覚は、忘れられない。告白して振られたときより、やるせなくて、悔しかった。

 シーカーに入ったばかりの頃に交換してもらったCCMのアドレスに、毎日毎日メールをしていた。長すぎる内容は気が引けて、いつも素っ気なく見える程度に。メールの推敲には二時間くらい掛けて、文章を消しては打って、やっぱり消して、打ち直して。一度まっさらにして、また打つ。
 毎回必ず返事が来るのが嬉しくて、調子に乗ってたのかもしれない、と今更ながら思う。返事は早い時もあれば、夜遅くに「夜にごめんね」とタイトルに入っているものまであった。友達とのメールと変わらないはずのゴシック体が、あのひとのメールだけは輝いているように見えた。ちょっと病気だとは思う。

 クリスマスは毎年メールで予定を聞き出した。わたしが高一のときは仕事、高二のときも仕事、高三のときには少しだけ会って貰えた。でも、受験勉強を激励してサンタさんの乗ったケーキを渡されたと思ったら、すぐに家に返された。会って貰えただけ、嬉しい。ケーキを貰えたことも嬉しかった。三年間で恋人が出来なかったらしいことがなにより、嬉しかった。
 それから、バレンタイン。これは三年間、毎年タイニーオービットに押し掛けた。迷惑だとは思ったけれど、LBXのデータを云々と無茶苦茶なことを言って理由を付けて、入れてもらった。社長と顔見知りだと、やりやすい。
 手作りは苦手だけれど、あのひとのために作っていた。「美味しいよ」と言いながら引きつった笑顔を見せるあのひとを見たのは高一のとき。「上達したね」と褒められたのが高二のとき。「美味しいよ」と、頭を撫でられたのが高三。そのあと、そのあと、「受験勉強はどう?」と釘を刺されたのも高三だ。
 ホワイトデーには、なにやら高そうな有名洋菓子店のクッキーを毎年もらっていた。雑誌に載っているような、女の子の好きそうな店で、どう考えても彼がそこに行くとは思えなくて、どうやってこの店を知ったのか聞いたら「社員の女の子に聞いたんだ」なんて返事がきて、少し嫉妬したのは、何時だったかな。

 あのひとの誕生日には、毎年ケーキを作った。わたしの誕生日には、毎年ケーキをくれた。わたしの好きな、いちごたっぷりのケーキ。
 16歳の誕生日には「結婚出来る歳になりました!」と言って苦笑いされて、17歳の誕生日には「もう大人ですよね」と言ったらはぐらかされて、18歳の誕生日には「いい返事を聞かせてください」と迫って「ごめん」と返された。18歳なんて、大人だと思っていたのに、相変わらずわたしは子どもに見えるらしかった。中学生の時から、なにも変わらなかった。

 「明日、卒業式なんです」とメールした。受験生であるから、推敲にはさほど時間をかけない。とは言え、三回くらい消しては打って、この文面に落ち着いた。返事はすぐにきて、「おめでとう」の一言だけだった。…素っ気ないな。わたしも、あのひとも。
 普段返事のいらないメールが返ってくるから、あのひとからの返事に返すことはなかなか無いのだけれど、今日ばかりは返してみることにした。

「電話してもいいですか」

 推敲もない。誤字が無いか、確認しただけだ。送ってすぐにCCMが鳴った。

「いいよ」

 小さくガッツポーズ。嬉しい。
 そういえば、電話はあまりしたことが無かった。少し緊張しながら、アドレス帳を開いて、あのひとを探す。
 発信して何コール目かで、がちゃりと音がした。電話に、出た音だ。

「…もしもし、結城さん」
「久しぶりだね」

 バレンタインからメールのやり取りだけだから、二週間程か。

「卒業か、早いね」
「ええ、そうですね」
「この間まで、中学生だったのに」

 親戚のおじさんみたいな発言。今年のお正月には耳にタコが出来る程言われたことだ。もう大学生か、早いねって。この間まで、あんなに小さかったのにねって。子どもに対しての言葉だ。

「結城さん、すきです」
「うん」
「お付き合いしてください」

 なにも言わなくなってしまった。

「僕は、」
「やめてください!また、同じ答えですか?中学生と、おんなじ」

 「僕は大人で、きみは子どもだよ」って。

「もう、大学生です。大人です。すきなんです。ずっと」

 ずっとずっと、前から。柔らかい笑顔が好きで、優しいところが好きで、生真面目なところが好きで、一緒にいるだけで幸せで、メールの返事に一喜一憂して、どきどきしてうずうずして、全部、好き。
 結城さんはやっぱりなにも言わない。また、振られてしまうのかもしれない。わたしは子どもだ。あまり認めたくないけれど。それで、結城さんは大人だ。どれだけ歳を取っても、この差は詰められないように思う。

「一生のお願いです。わたしのことを、好きになってください」

 …情けない。

「僕は、おじさんだ」
「え、」
「きみは若い」

 おじさんって、そんな。だって結城さんはそこまで…いや、年齢的にはおじさんに差し掛かりつつある、かな。でも童顔だし、そんなの気にしない。って、そんなことを言っているわけじゃ、ないんだろうけど。

「でもわたしは、結城さんがすきです」
「嬉しいけど、多分これからもっと好きになれる人がいるよ」

 なにそれ。なにそれ。なにそれ。やっぱり、子ども扱いじゃないか。わたしが、子どもだから。世界が狭いから。こんなにずっと、好きなのに。

「そんな人、いないです」
「いるよ。そんなもんさ」
「絶対、いません」
「いるさ、必ずね」

 …ムキになっている。わたしも、彼も。

「じゃあ、仮にわたしの運命の人がいるとします」
「仮に、かい?」
「その人に出会うまで、お付き合いしてください」

 電話口から、乾いた笑い声が聞こえた。結城さんが呆れたように笑いながら、頭をかくのが目に見えるようだった。

「いいでしょう?お願いです」
「そんなの、駄目だよ」
「だって、結城さんは付き合ってる人もいないし、いいじゃないですか」
「そう軽々とする話じゃないよ」
「わたしが、軽々と話してると思ってたんですか!?」

 怒り半分、悲しさ半分。わたしが、へらへらと話していたなんて思われてた?冗談みたいに。

「それとも、結城さんには好きな人がいるんですか?」
「それは、関係ないじゃないか」
「そんなことありません。わたしの、ライバルです」
「…いないよ、そんな人」

 ほっと息を吐く。

「わたし、結城さんがすきです。大学生になっても、毎日メールします。会社にも押し掛けます。ずっとです」

 社会人になるときには、真っ先にタイニーオービットの面接を受けにいく。きっと、LBX研究室に入る。毎日毎日、メールじゃなく「おはようございます」って挨拶して、ずっとずっと、そうする。

「…春休みは、忙しいのかい?」
「あ、あの、結城さん」
「卒業してから、…ごほん!犯罪じゃなくなってから、ゆっくり話そう」
「はっ、はい!」

 自分でも気持ち悪いくらい、口が緩む。ちょっとだけ、期待する。いや、かなり、期待する。期待、する。
 きゅうんと胸が締め付けられる想い。結城さんのことが、すき。好きで好きで、どうしようもないくらい。

「じゃ、じゃあ、またね」
「はい!ま、また…!」

 ぴ、と通話を終わりにする。はあ、ふう、はあ、と息を整える。息が不規則になっちゃうくらい、嬉しい。嬉しくて、嬉しくて胸がいっぱいで、苦しいくらい、好きって気持ちでいっぱい。お腹いっぱい。
 ひとり、部屋の中で。笑顔になって、身悶える。今までのなにもかもが報われるみたいで、達成感。これから、どうなるのかなって考えるだけで、期待感。どきどき、うずうず。


120301
正義の粘着質

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