渡された包装紙に、彼はきょとんとした表情のまま、首を傾げた。昨晩用意したこれがお気に召さないのか、はたまた、今日がなんの日か気付いていないのか。…箱を振って音を確かめているあたり、後者である線が濃厚のようだ。
仮にも女子であるわたしは、プラズマ団に入る以前にそうしていたように、今日の準備をしてきた。そう、年に一度の、バレンタインデー…というやつだ。特に意中の相手もいないわたしにとっては、周囲に日頃の感謝の気持ちを贈るようなイベントになりつつある。
ソウリュウシティの近くに行った際に、デパートで大量購入したチョコレート。朝から会う人会う人に渡しているのだが、こんな風に首を傾げられたのは初めてだった。
「これは、なんだい?」
「ち、チョコレートです」
「チョコレート……?」
「おいしいですよ」
にこり、と上司に向けて営業スマイル。キョトンとした様子の彼と見つめ合うこと、数秒間。ふと思い立ったように、彼が包装紙を破き始めた。その様子を眺める。甘いものが、苦手ではないといいけど。この様子なら、チョコレートが好きだったのかな。おそろしい勢いだもの。
ようやく出てきたチョコレートを見て、上司がゆっくりと口を開いた。
「これが、チョコレート…かい?」
別にわたしが選んだチョコレートは、なにか素晴らしい技巧が凝らされたものではない。巷ではポケモンの形のチョコレートなんかが流行っているけれど、わたしが今回選んだのは、よくあるトリュフというやつだ。まあ何処にでもありそうなお菓子、のはずだ。疑問を感じるようなものでは無いと思うのだけれど。
上司はよくチョコレートを観察している。それはそれは、真面目な顔で。これはジョークではない、よね?こんな冗談を言うような人ではない。彼の雰囲気や、今までの言動から言えば、本当に分かっていないのかもしれない。
「食べられるの?」
「ええ、どうぞ」
「どんな味なのかな」
「甘くて、すこしほろ苦いかもしれません」
ふうん、と上司はそれとなく頷いて、小さな粒を摘まんで口に放り込んだ。わたしも、唾を飲む。放り込まれたチョコレートはゆっくりと咀嚼され、それから飲み込まれた。恐る恐る、上司の顔を覗き込んだ。
「どうでしたか?」
「…おいしいね、これ」
ほっ、とため息を吐いた。
「どうして、くれたの」
「バレンタインデーだからですよ」
「……?」
また、彼は首を傾げた。可愛らしい仕草ではあるけれど、わたしよりだいぶ背の高い彼がやると、なんだか…うん、かわいい。
浮世離れしたところがある人だとは思っていた。でも、ここまでとは。そういえば、前にゲーチスさまが彼についてなにか言っていた気がする。………、あんまり、思い出せないけど。
「あの、チョコレートを渡す日です」
「どうして?」
「えっ、そうですね…好きな人に、想いを伝える口実というか」
「ふうん…」
ちょっと気まずい、ような?
「君は僕のことが好きなの」
「あっ!それは、その。そうですね、ポケモンに対する姿勢を、尊敬してます」
「そっか」
恥ずかしいな。他意はもちろん無かったけれど、あんまりにまっすぐに聞いてくるから。きっと彼にも、深い意味があったわけじゃない。
「これ、ありがとう。とてもおいしいね」
「はい、それでは、失礼します」
Nさまは優しく微笑んだ。わたしも、微笑む。
心の中がいっぱいになる思いだった。Nさまのバレンタインデーに良い貢献が出来た。すごく、優しい気持ちだ。思わず上がる口角を抑えようともせずに、残りの義理チョコたちを捌きにアジトの廊下を軽々とした足取りで、進んで行く。浮かれてると窘められようが、今日は年に一度のお祭りだもの。そんなことは、気にしない気にしない。
130217
バレンタイン
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