休日の朝、微睡んでいたとする。すると彼女はもう隣にいなくて、台所の方からいい匂いと、心地良い規則的な包丁の音が聞こえてくる。それでも僕はまだ眠っていたくて、布団をそれとなく直してもう一度、目を閉じるのだ。
夢の中では彼女と、どこか遠い国の綺麗な景色の中にいて、彼女は「きれいですね」とか「すごいですね」とか言いながらはしゃいでいて。でも僕は、綺麗な景色よりはしゃぐ彼女を見つめてしまう。それで、一緒にいられてよかった。なんて臭い台詞を頭の中で反芻してみたりする。もちろん口には出さない。僕のキャラじゃないし。
おそろしくお花畑な夢だ。でも、またその夢が見たい。布団の中は、僕の体温か彼女の体温か、丁度良い暖かさで、また僕は夢の中に引っ張り込まれていく。
「ほーら結城さん!朝ですよ」
夢と現実、どちらかといえば夢に落ちて行くとき。彼女の大声が耳を劈く。そしてすぐに、丁度良い、心地良い布団が剥がされる。僕の、僕の天国が。
目もろくに開けないまま、剥がされた布団を手探りで探す。いや、探そうと、した。手首は彼女に捕まって、
「もう。朝ご飯作ったんですから」
「あと、五分でいいんだ…」
「五分で起きた試しがありませんよ」
悔しいけど、それは真実だ。と言うより、五分で起きるつもりもない。ただ、もう少し眠れたらいい。眠気がなくなるまで、ぐっすりと。
しかし彼女は許してくれない。それならば。強行手段に出るまでだ。掴まれた手を、引っ張る。あっさりと彼女は引っ張り込まれて、焦ったように僕の名前を呼ぶ。
「もうちょっと。五分でいいんだ…」
どさくさに紛れて布団を被る。もちろん、彼女が寒い思いをしないようにしっかりくっついて。くっつかないと、隙間が出来て寒いのだ。それに、彼女は湯たんぽみたいに暖かくて、抱き心地が良い。
柔らかく暖かい彼女のぬくもりを感じながら、またうとうとし始める僕。「ご飯、冷めちゃうじゃないですか」なんてブツブツ言いながらも、彼女は僕の腕の中で、寝巻きをぎゅうと掴んでいる。
「仕方ないですね」
薄れる意識の中、彼女の呟く声が聞こえる。
それから、どれくらいの時間が立ったか。日は完全に昇っていて、腕の中にはすやすや眠る彼女がいる。暖かく、ゆっくりと鼓動を打つ、僕の湯たんぽ。
眠り過ぎたせいか、頭はぼんやりとしている。まだ眠り足りないような、もう十分眠ったような。脳が溶けてしまったみたいだ。
「なまえ、」
名前を呼ぶ。それから、身体を少し揺らした。何度も揺すると、唸りながら、ようやく、彼女が眠た気で重そうな瞼を開けた。
僕の顔を見つけると、眠たそうなまま、はたと僕を見つめて、瞬きをいくつか。それからみるみる内に、いつものぱっちりした目になって、
「いま、何時ですか!」
「おはよう」
「おはようじゃなくて、」
部屋を見回して時計を見つけると、彼女が溜息。
「また二度寝しちゃいました」
「あはは、付き合ってくれてありがとう」
もう!と怒り半分、呆れ半分で彼女は先にベッドから降りる。彼女には少し緩い、僕のスウェットは皺だらけで、すごくだらしなく見える。その、だらしない寝巻きの端を掴んだ。
「起きられない」
「……結城さん?」
彼女が呆れたように、僕を窘める。でもその表情は笑っていて、僕も笑いながら、手を伸ばす。
僕より小さな彼女の手。僕より細い彼女の腕。力一杯引っ張られて、やっと僕も起きられた。
「朝ごはんが昼ごはんになっちゃうじゃないですか」
彼女がぷんすか怒っている。かわいい。朝の布団の心地良い暖かさを共有することは、すごく、幸せなことだ。
となることを見越して、上着を着ようとしている彼女に言った。
「今日は泊まっていったら?」
もう辺りも暗い。もちろん帰るのであれば送って行くけど、明日は休日だ。どうせなら、泊まっていって欲しい。
彼女は手を止めて考え込んで、それから、僕をちらりと見てにやりと笑うと。
「明日、早起きするって約束出来るなら。いいですよ」
釘を、刺された。これは、彼女が上手だったみたいだ。
130209
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