※ネタバレを含みます


 ある美術館に飾られていたわたしを見て「きれい」と言った女の子がいた。女の子はわたしを見つめていて、わたしもずっと彼女を見つめていた。
 わたしと同じくらいの背格好で、吸い込まれそうなくらい美しい蒼い眼をしていた。わたしと、お揃いの蒼い眼。

 突然、目の前が真っ暗になったかと思うと、わたしは動けるようになっていた。周りの仲間たちも一緒。
 あの子に会えないかと、わたしは辺りを探し回った。いろんな仲間に女の子のことを聞いても首を振るばかり。疲れて座り込んだとき、「大丈夫?」と上から声がした。
 …あの眼があった。

「あ、あなた…あの絵ね」

 女の子は後ずさる。わたしのことを、怖がってるみたいに。

「どうして逃げるの?」
「あなたもわたしのことを殺そうとするんでしょ?」

 お父さんが作り出した仲間たちのことを女の子は言っているのだと、すぐに気が付いた。
 きれいって言われて、嬉しかったのに。美しい眼は恐怖に揺れていて、とてもじゃないけどわたしを「きれい」だとは思ってないみたいだった。

「…ひどい。わたし、そんなこと、しないのに」
「え、あれ…?」
「せっかく、会えたのに…」

 辺りの景色がぐにゃぐにゃになって、女の子もぐにゃぐにゃ。頬に暖かいものが伝うのが分かった。どんなに手で眼を擦ってもぐにゃぐにゃは止まらなくて、手はびしょびしょ。

「ごめんなさい、あの…今まで怖いことがあって…疑っちゃって」
「うー…」

 後ずさっていた女の子が、ハンカチを差し出してくれた。まだ鼻は出るけど、ぐにゃぐにゃは収まってきた気がする。
 ハンカチは柔らかくて、貸してくれたことが嬉しくて、女の子に抱き着いた。

「わっ、ど、どうしたの?」
「わたしね…、友達が欲しいの」
「友達?」
「あなた、友達になってくれる?」

 女の子の眼を見つめると、やっぱりあの時と同じ美しい蒼があった。近くで見ると、もっときれい。

「うん、いいよ」
「本当?」
「もちろん。えっと名前は…メアリー、でいいのかな」

 お父さんはわたしのことをメアリーと呼んでいた。いろんな人がわたしをメアリーと呼んだし、飾られるときは必ずわたしは「メアリー」と書かれた。
 「素敵な名前だね」と女の子は笑う。素敵かな、うん、素敵かも!

「わたしはなまえって言うの」
「なまえね、わかった!」

 なまえ、なまえ、わたしの大事な友達。初めての友達。肌は白くて、瞳は蒼い。わたしと同じように、頭も腕も足もある友達。人間の、友達。

「ねえなまえ、遊ぼうよ」
「えっ…でも、」
「……だめ?」

 少し考え込んで、「ちょっとだけだからね」となまえは頷いてくれた。ちょっと、なんてやだな。ずっと、がいいのに。





 なまえはおえかきが好きって言うから、クレヨンを持ってきた。たくさん色が入ってるやつ。

「メアリーは何色が好き?」
「うーん……あっ、青!」

 だって青はなまえの眼の色だもん、なんてね。恥ずかしいから口には出さないよ。
 「なまえは?」と聞く。えへへ。メアリーの黄色、とか言われたら、嬉しくって困っちゃうかも!

「わたしは…赤が好きかな」

 …ざんねん。

「わたしね、チューリップが好きなんだ」
「チューリップ?」
「お花だよ。もしかして知らないの?」
「うん」

 なまえはびっくりして、でもすぐに「こういうお花だよ」ってクレヨンでお花を描いて見せた。赤いお花がぎざぎざしてて、緑の茎と葉っぱがついてる。

「トゲはないの?」
「ないよー。トゲがあるのはバラだよ」

 全然、知らなかった。なまえは物知りなんだなあ。さっすがわたしの友達ね!

「見て見て!きれいでしょ」
「黄色いバラ…?ほんとう、きれいだね」

 うっとりわたしのバラを見つめるなまえ。わたしが見つめられてるみたいでちょっと、ドキドキする。

「わたしも、バラ持ってるよ」
「…見せて欲しいな」
「うん、いいよ」

 そう言ってなまえが見せてくれたのはピンク色の小さなバラだった。花びらは三枚しかついていない。きれいだけど…

「小さいね」
「たくさん散っちゃったから…」
「ふうん…?」

 散っちゃったんだ。こんなにきれいなバラなのに散らしちゃうなんて。勿体ない。バラは大切にしないとね。

「ねえ、なまえは花占いって知ってる?」
「え?」
「すき、きらい、すきって言うたびに花びらを散らすの」
「あ、うん。知ってるよ」

 知ってるんだ。わたし、花占いが好きなの。花と一緒に描かれたからかな。
 なまえのピンク色のバラには三枚しか、花びらがない。さっきわたしがなまえに言ったように花占いしたら、答えは見えちゃってる。

「えへへ、なまえはわたしのこと、すーきっ」
「っは……メアリー、やめて!」
「やだよお。きーらいっ」
「だめ、もう…っ!」

 なまえが必死にバラを取り返そうとするけど、返してあげない。だって花占いしたいんだもん!
 何故かヨロヨロしながらわたしを追い掛けてくるから、わたしは遠くまで駆けていってから大きな声でなまえに言った。

「すき!」

 ひらひらと花びらが落ちていく。すっごく、きれい。
 それと同時くらいかな、後ろからどさっとなにかが落ちるような物音がした。

 振り返るとなまえが倒れ込んでいるのが見えた。あれ?眠っちゃったのかな。

「こんなところで寝ちゃだめだよ」
「……」
「なまえ?ねえ、なまえったら」

「わたしが花占いしたから怒ったの?…ごめんね、もうしないから」

「ねえ、許してよ。なまえ、返事して」

「わたしのことが嫌いになっちゃったの…?」

 何度話し掛けてもなまえは口を開かなかった。あの、美しい眼も二度と開かなかった。
 なまえが死んでしまったと知ったのは、ずっとずっと先のことだった。





「赤も好きだけど、青の方が好きなの」

 だってなまえの眼の色だから。今度の友達とは、ずっと一緒にいてみせるよ。


120518
すき、きらい、すき

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