家に帰った時には日付を既に越えていて、辺りは真っ暗だった。いっそ会社に泊まってしまおうかと思ったけど、それはどうしても気が咎めて、帰ってきたのだ。
 玄関を開けると家の中はぱあっと明るく、奥からは騒がしい声も聞こえた。僕のものではない、可愛らしい女の子物の靴が一足、整えて置いてあった。リビングまで足速に向かうと、彼女がテーブルに突っ伏して眠っていた。

 ここのところ、ほぼ毎日こうだ。鍵を渡した頃は仕事も注して忙しくなく、こんな真夜中に帰ることもなかった。家に帰れば彼女が居て、明るい笑顔で「おかえりなさい、結城さん!」と僕を迎えてくれる。すごく幸せだった。
 テーブルの上には彼女が作ったらしい料理が並べられていて、なんだか複雑な気持ちになった。

「ん…結城、さん?」
「起こしちゃったかな」

 目をこすりこすり、彼女がゆっくり起き上がった。腫れぼったい目からして、まだまだ眠たいのだろう。

「ごはん…冷めちゃいましたね」
「僕が、帰るの遅かったせいだ。…ごめん」
「そんな。わたしが勝手に待ってただけですから」

 彼女はまだ覚醒し切っていないような眼のまま椅子から立とうとした。が、ふらりとすぐによろける。
 僕が支えると、「ありがとうございます」と力無く微笑んだ。

 同僚のセッティングした、所謂合同コンパで彼女とは出会った。これでもタイニーオービットは一流企業だし、相手の女の子たちはぎらぎらして見えた。周りの同僚も普段出会いが無い分、ぎらぎらしている様子だった。
 場慣れしていない僕と彼女は妙に意気投合して、お酒に酔った彼女を家に送り届ける大役まで賜った。気持ちが悪いと言う彼女の背中を摩っている時、「優しいんですね」と苦しそうに微笑んだ。自分でもよく分からないが、その時彼女が好きになったんだと思う。

「昔みたいだ」
「…昔?」
「初めて会って、君の介抱をしてたとき」

 目をぱちくりさせて、それから少し考えてから、彼女は「もう!あの時のことは忘れてくださいよ!」と怒った。

「ごめんごめん、でも可愛かったから」
「……」

 あれ、ムスッとした。僕としてはすごく、勇気を振り絞って褒めたんだけど。

「結城さんはズルいと思います」
「えっ!」
「ご飯、食べますか?」
「ええと…うん」

 たまに彼女はよく分からない。よく分からないことについて追及すると「結城さんはLBXだけじゃなく、乙女心も理解するべきです」と冷たく言われるばかりで、少し傷付くから今日はなにも言わずにおこう。
 キッチンに向かう彼女の背中はとても小さい。どことなく、守ってあげたいとかそういうことを思わせる背中だ。何気無しに彼女に着いていくと「待っててくださいよ」と言われてしまった。

「お仕事が大変だったんでしょう」
「…そうだね。最近は色々とあって」

 世界単位の危機が僕にも少しかかっていることを思い出して、少しげんなりした。いや、僕より大変な思いをしてる子達もいるんだけど。
 彼女に後ろから抱き着くと、「休んでてくださいよお」と遠回しに邪魔扱いされた。

「甘えさせてよ」
「あとで甘やかしてあげますから」
「今がいいな、なんてね」

 うーん、彼女、細いなあ。ちょっとの衝撃で折れそうだ。しかし細いと機動性が上がるんだ、…LBXなら。彼女は割とのんびりしてるから、何とも言えない。
 邪魔扱いされてもめげずに彼女を抱きしめる。いい匂いだ。

「もう少ししたら、決着すると思うんだ」
「あ、なにか大きなプロジェクトなんですよね」
「…うん、まあ」

 プロジェクト、で間違いは無い。仕事内容はテロリストと敵対すること、かな。

「忙しくなくなったら、ここに住んでくれないかな」
「…は?」
「毎日、僕のことを待っていて欲しいんだ」

 返事が無い、けど、彼女の耳はみるみる内に赤く染まっていった。振り返る気配は無いようなので、僕も思う存分顔を赤くしておこう。
 そりゃ、一世一代のプロポーズだからね。顔色一つ変えずに、とはいかないよ。

「プ、プロポーズ…だからね」

 沈黙に堪えられず、駄目押し。

「ゆ、結城さんは…」
「…なに?」
「死亡フラグって言葉を知るべきだと思います」

 腰に回した僕の手を、彼女がきゅうっと握った。

「…嬉しいです、とても」

 彼女の声色は泣いているようで、自分が赤面していることなんてどうでもよくなって、彼女を振り向かせた。

「結城さ、」
「研介、でいいよ」

 涙声で、嬉しそうに微笑む彼女が僕の名前を呼んだ。…なるほど、今すごく、幸せだ。


120711
微笑む、君

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