隠し味、と言いつつ隠れていないもの。ベタだけど「愛情」かな、なんちゃって。
お母さんの太鼓判を貰ったお弁当を包みつつ、にやりと一人ほくそ笑む。男は胃袋ってね!
昼休み開始の鐘と同時と言ってもいいくらい素早く、4時間目の授業を終えたばかりの先生に話しかけた。手には包みがふたつ。幸せな重み。
「せーんせ、お話があるんですけど」
「…また君か」
呆れたように笑うチェレン先生に、笑いかける。教卓に包みを乗っけて、本題に入ることにした。
「お弁当作ったんです。食べてください」
クラスメイトたちの冷やかすような声が響く。…少し、恥ずかしい。
先生はただ包みを見つめて、しばらくしてから、静かに言った。
「悪いけど、生徒から物を受け取っちゃいけないんだ」
「ええっ…そんなぁ」
「…決まりだから、ね」
テキストを持つと、先生はさっさと教室を出ていってしまった。慌ててわたしも追い掛ける。こんなことで、諦められるわけがない。
先生はルールが大好きだ。それから「先生と生徒」を理由にするのも。
廊下をひたすら、先生を追い掛けて早足で歩く。うー、先生歩くの早いなあ。
「先生、購買部ですよね」
「そうだよ」
「食べてくれても、いいじゃないですか」
先生は立ち止まってくれない。
「美味しく出来たと思います」
「…そう」
「こういうの、重たいですか?」
「さあ、どうだろうね」と言いながら、漸く先生は立ち止まった。購買の前でも職員室の前でもなく、講義室の前で。
先生は昼休み中で誰もいない講義室に入っていく。「君も入らないの」と急かされて、わたしも一緒に入らせて貰うことにした。
包みをふたつ、両手に持っているからか先生がドアを支えていてくれた。優しいなあ、と先生の胃袋を掴む前にわたしががっちり掴まれてしまった。
「僕は生徒からお弁当なんて受け取らないよ」
そう言いながら、講義室のカーテンを閉めていく。この雰囲気…お説教だろうか…。
先生は坦々と続ける。「君も、もうお弁当なんて持って来ないようにね」…お説教か。
「ちなみに僕のはどっち?」
「あ、こ、こっちです」
わたしの方より大きい、お父さんの予備のお弁当箱。先生がどれだけ食べるかなんて知らないけど、とりあえずここに詰めたのだ。
先生は包みを解き、お弁当の蓋を開く。
「あの、先生…?」
「僕、煮物は好きなんだ」
「…ありがとうございます?」
お説教、されてるはずなのだけれど、先生はお箸を持って手を合わせる。そして、煮物を口に運んだ。
「先生、受け取らないんじゃないんですか?」
「受け取ってないよ」
「えっ」
「柔らかくていいね、これ」
恐ろしいスピードでお弁当を食べつつ、先生は白を切る。呆気に取られながらも、先生は人参が好きだと脳内メモ。
「ここ飲食禁止じゃないし、お弁当食べても構わないよ」
「じゃ、じゃあ食べますね」
い、一緒にごはん!
‥‥
「ごちそうさま」
ぺろりとお弁当を平らげ、先生は綺麗に弁当箱を包み直してからそう言った。わたし、まだ半分もお弁当食べてないよ。先生食べるの早いんだ。…これも脳内メモ。
「お粗末さまです」
「君に言ったんじゃないよ。お弁当は貰ってないからね」
便宜上こういう設定、ということでいいのかな。
「美味しかったよ」
「…えっ!」
「もう少し量があってもいいかな」
味については良かったということかな。わ、どうしよう、嬉しい!
「ただし、もう持って来ないこと」
「…やっぱり駄目、なんですか」
「先生と生徒、だからね」
それ、またそれなんだ。初めて告白した時もそうだった。「先生と生徒」なんて、たいした壁じゃないのに。
先生はわたしの頭を優しく撫でると、「仕方ないじゃないか」と。どうしてこんなに優しいんだろう。思わず目が潤む。
「…君が生徒じゃなくなればいいんだよ」
「卒業ってこと、ですか?」
「先生と元生徒じゃ、誰も文句は言わないだろうね」
先生の顔が見れない。どうしよう。えっと。なんて言おう。これ、冗談なのかな。
「じゃあね、午後の授業も頑張って」
…残ったのはお弁当箱と、あと、いろいろ。
‥‥
「教師って大変だねえ、チェレン先生」
「改まってどうしたの、トウコ先生」
「好きな女の子の手料理を食べるにも一苦労だし」
「…なんの話か分からないよ」
120702
先生とわたし
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