恐ろしい石像や絵画に追い掛けられ、なんとかイヴと逃げている時のこと。曲がり角を曲がると、なにか柔らかいものに当たってイヴ共々倒れてしまった。
またなにか動く美術品かと思えば、目の前に居たのは極々普通(に見える)女の子。彼女はアタシ達を見て驚いた様だったけれど、背後に迫る美術品に目を遣り、それを鋭い眼光で睨む。
「早く、こっちに!」
素早い動きでイヴの手を掴んで立ち上がらせ、アタシに目で数メートル先にある扉を指示した。あそこに入ればいいってことかしら。
美術品を気にしつつも、イヴと彼女の後ろを着いていく。レディファーストなんて気取っている暇は無いけれど、イヴの薔薇は満開とも言えない状態だったしいざとなればアタシが盾になればと考えていた。
ドタンと大きな音を立てて扉を閉める。イヴは女の子に抱き着いて荒い息を調えていた。
そんな時、女の子が呟くように言った。
「まさか私以外に人がいるなんて…」
女の子の方はアタシたちのように他の人間に会ったことがなかったらしい。
彼女の年はアタシより少し下くらいかしら。清楚で大人しそうに見えるけれど、さっきの身のこなしからして結構しっかりした子なのかもしれない。
「助けてくれてありがとうございます」
「ううん、私こそ当たっちゃってごめんね」
そう言ってイヴの頭を優しく撫でている。いい子に会えて良かったわ…。
アタシもお礼を言って、一先ず彼女のことを聞いてみることにする。
「あなたも美術館にいたの?」
「ええ、えっと…やっぱりみなさんも?」
そういえば、名前をまだお互い知らないことに気付く。
「アタシはギャリー、で、その娘がイヴよ」
「私はなまえです。よろしくお願いします」
「よろしくね、なまえさん」
「うん、よろしくね」
…女の子同士は仲良くなりやすいのかしら。
アタシたちの入ってきた扉がドンドンと喧しくノックとは決して言えない騒音を立てているけれど、二人は気にせずにこにこしている。
「さて、ここから出ないといけませんね」
なまえが話を切り出す。勢いで入った部屋だけれど、あるのは本棚のみでそんなに広さも無い。扉もあの一つのみのようだ。その一つしか無い扉は目の前に美術品がいるようだし…結構、詰んでるわね。
まっ先にそれを思ったらしいイヴが彼女に質問をぶつけた。「なまえさん、どこから出るの?」と。
「それはまあ扉しか無いですよね」
「でもあの美術品がいるのよ」
「それは私がなんとかします、二人とも、走れますか?」
「なんとか」?とアタシとイヴで首を傾げる。なにか、策があるのかしら。もしかしてアタシたちの知らない、美術品を遠ざける秘策があったのかもしれない。
とりあえず彼女を信じることにして、「アタシはもう大丈夫、イヴは大丈夫?」と聞くとイヴは大きく頷く。気丈に振る舞いがちな子だから少し不安だけれど、やる気になっているのを否定するのも気が引けるし…。
「じゃあ段取りです。まずギャリーさんがドアを開けてください。それからですね…」
イヴを最優先に走って逃げるとのことだったけれど、肝心の「なんとか」の部分は教えてくれないらしかった。
「せえの、で開けるわよ?」
「ばっちこいです!」
扉の開く前で構えるなまえと、その後ろでよーいドンの格好をするイヴ。彼女たちのファイティングポーズに笑いが込み上げてきたものの、扉を叩く音で我に返った。
やっぱり大丈夫なのかしら、この子が嘘をつくとは思わないけれど………いいえ、何事もやってみないと分からないわよね!
奮起して、ドアノブを掴む手に力を込める。
「せえの、」
扉を勢いよく開く。途端に飛び込んできた、上半身だけの女。何度見ても気味が悪い。
そしてなまえはその女を思い切り、蹴っ飛ばした。
「今です!」
あまりのことに呆気に取られそうだったものの、彼女が腕を掴み走り出したところで「ええ!」と返事が出来た。
‥★
「まさか蹴ると思わなかったわ」
「私もびっくりした!」
漸く落ち着けると思われる所に行き着いて、なまえに「なんとか」の件についてツッコミを入れられた。
「あまりお上品じゃないので、恥ずかしいんですけれど…」
…この子、とんでもないわ。心強い味方ではあるけれど、見た目に反して想像以上に元気な子みたい。
感心していると、隣にいたイヴが「カッコイイ…」と呟いた。
「確かにカッコイイわ…」
「ほ、褒めてもなにも出ませんよぉ」
「あの、なまえさん、蹴っ飛ばして薔薇は散らないの?」
そうイヴが言うと、なまえは小さなポシェットから白い一輪の薔薇を取り出す。美しく咲き誇るそれを見せて「今のところ大丈夫みたいです」と笑顔を向ける。
「ていうか、仮にも美術品なのに蹴っ飛ばしていいのかしら?」
「んー…正当防衛ってことになりませんか?」
「…そうね」
やっぱり、中身は相当天然というのか…。ある意味男らしいわ。
「アタシでも蹴っ飛ばせるかしら」
「出来ると思いますよ、むしろ男の人の方が脚力もあるでしょうし」
そんな話をしていた時、イヴがなまえに抱き着いて「また、来た…!」と通路の先を指差す。
構えるなまえに待ったをかけて、彼女の前に立つ。
「何事も、挑戦よね…!」
がさがさと近寄って来る美術品。…怖くない、怖くない。
蹴っ飛ばしちゃえばいいのよ、蹴っ飛ばしちゃえば。そうよ、怖くない。やれば出来るわ、ギャリー!
「む、無理!」
無表情なマネキンの頭に、どうしても恐怖心は拭いきれなかった。叫ぶようにアタシが言うと、後ろから飛び出したなまえが白く丸いそれを、蹴っ飛ばした。
かなり遠くまで吹っ飛び、そのままがしゃあんと大きな音を立てて頭は割れてしまった。
「…ごめんなさい。やると言ったのに」
「いえいえ、気持ち悪いものですから仕方ないですよ」
なんでもないように答えたけれど、美術品に立ち向かおうとしたアタシには分かる。この子がいかに、肝が据わっているか。
「じゃあ、行きましょうか」
「そうね、進んでいきましょう」
そして二人で振り返り、イヴを呼ぶ。
はっとしたように、イヴが「うん!」と答えて、アタシたち二人の手を掴んだ。
「どうしたの?」
「…パパとママを思い出したの」
そういえば、彼女は両親と美術館に来て…ここに来てしまった。しょんぼりしてしまったイヴをなんとか元気にしてあげたいけど。
「イヴちゃん、ここにいる間は私たちがお父さんとお母さんじゃ駄目かな」
「…パパと、ママ?」
「そうね、少し頼りないかもしれないけど」
そう言うとなまえがくすくす笑う。パパとママ、ね。なまえをちらりと見れば目が合う。…アタシったら、こんなところで変なことを考えてる場合じゃないわ。
「パパと、ママ。…ありがとう、なまえさん、ギャリー」
元気になってくれたみたいで、一安心。少しだけ引っ掛かるのはイヴが、「パパ」と言ってなまえを見て、「ママ」と言ってアタシを見たことくらいかしら。
「三人で絶対、こんなところ抜け出してやりましょう!」
なまえの言葉にイヴも「おー!」と答える。アタシも「おー!」と答える。
男前な彼女を「パパ」と言ったイヴの気持ちは、分からなくもない気がするわ。彼女はエプロンをしてケーキを焼くより、アタシの焼いたケーキを「美味しそうですね!」と仕事から帰ってつまむ方が似合っているもの。…あれ、なんでアタシがそこに入ってるのよ!
120514
きっと幸せ
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