寝飽きたなあ。
 突然倒れてしまったことで、大事をとって入院することになった。検査もするとか、なんだとか。あんなに嫌だった勉強がしたくなるなんて、思わなかった。
 突然病室の戸が開いて、その方を見ると、浜野先輩がいた。

「元気してる?っておかしいか」
「そうですね…」

 飽きただのなんだの言えるレベルには元気なんだけど。健康かといえばそうでもない。
 起き上がろうとすると止められてしまったので、とりあえず椅子を勧めておく。
 先輩は一人で来たみたいで、病室にはわたしと先輩のふたりきり。うう、緊張する。

「差し入れ?みたいなの。ほい」
「どうもです。お魚ですか」
「カルシウム摂らないとな」

 お菓子の小魚。確かに、カルシウム…健康的。

「お前ちっちゃいし」
「普通ですよ」
「骨折れそうだし」
「折れたことありません」
「いや、将来的に」
「不吉です…!」

 なんだかおかしくなって、二人で笑う。浜野先輩はそのまま大きな声で、わたしは出来る限り笑いを押さえようとしつつ。病院だから、一応ね!

「それにしても、風邪で入院っつうのもすごいよな」

 風邪ってことに、なってるんだっけ。

「…ほんとにもう、大袈裟なんですよ」
「実は不治の病だったりしてなあ」
「なんでそうなるんですかー」

 笑いながら先輩に返す。でも先輩は笑ってなかった。冗談じゃないんだろうか。

「キャプテンに聞いたんですか?」
「神童に?」
「違うんですか」

 体調不良と言いながら学校に行っている中で、一度だけキャプテンに持っていた薬を見られたことがあった。「ずいぶん大量にあるんだな」と言うキャプテンをなんとかごまかしたけれど、きっとごまかしきれていなかった。
 でも、キャプテンじゃないんだ。

「結構前から気になってたんだよ」
「えっと」
「なんか、隠してるっちゅうか。もやもやする感じ」

 もやもや。

「それは、どういう?」
「隠し事が全部悪いとも言わないけどさ、なんか嫌だったんだよな」
「…すみません」
「話したくないなら話さなくていいから」

 先輩の声色は優しい。山菜先輩を思い浮かべる。全部、話したくなる。
 重たい話だけど、いいかな。浜野先輩の表情はいつになく真剣で、全部、受け止めてくれるような気がした。

「………わたしは死んじゃいます。明日かもしれないし、何ヶ月後かもしれませんが」
「…」
「少なくとも、二年生にはなれません」

 今現在はまだ暑くなりかけの初夏。多めに見積もっても、来年にはもういないと思う。
 先輩は黙って話を聞いている。なにか話してくれた方が、とも思ったけど、それはそれでわたしも話しにくいかもしれない。

「たぶんまた学校には行きます。行けたら、ですけど」
「それ、治らないわけ」
「治らないですね」
「日本ってさ、すげえじゃん。科学の進歩とか、技術とか」
「科学もわたしの体には付いてこられないってことです。あはは」

 先輩は笑わない。

「この際だから言っちゃいます。たぶんわたし今、興奮してるんで」
「アドレナリン分泌?」
「出まくりです」

 まずは深呼吸。自分の病気のことより、告白の方がどきどきするなんて、本当にわたしは病人なのか怪しい。

「ずっと、先輩のこと、あの、好きでした」

 …言ってしまった。

「すみません。突然すぎですね」
「あ、ああ、本当に」

 先輩はびっくりしたみたいだった。急に立ち上がったかと思うと座って、また立ち上がった。

「俺さ、お前のこと嫌いなんだよ」
「え!」
「いやあ、違うな。嫌いだったんだ」
「…そうなんですか」

 ……言い直されてもダメージは大きい。

「でもたぶん、今は好きだ」
「同情ですか」
「んや、元々好きだったんだと思うんよ」
「意味、分からないです」

 そう言ったら考え込んでしまった。自分でもよく分からない、曖昧な言葉だったらしい。嫌いだったのに、元々好き。分かるような、分からないような?
 狭い病室を行ったり来たりしながら、先輩はうなる。五回ほど往復して、ようやく立ち止まった。なにか答えが出たみたいだ。

「好きだ」
「はい?」
「好きなんだ」
「あの、」

 ぎゅう。先輩の体がぽかぽかしてる。

「やっぱり折れそうだなあ、骨」
「折れませんよ、たぶん」

 あ、先輩が笑った。

「ずっと好きだったんだ、でも、隠し事してるのが引っ掛かってたんだと思う」
「……浜野先輩、」

 ぽかぽかする先輩の背中に腕を回す。ぎゅう。…どうしよう。ドキドキして、今にも死んじゃいそうだ。心臓の病気じゃなくて良かった。こんなに負担がかかったら、今頃ぽっくりだ。

「死んでほしく、ない」
「…ははは」
「冗談じゃなくてさ」

 目頭があつい。

「わたしも今更、死にたくないと思いました」


120308

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