珍しく天馬が遅く来た。それでも朝練には間に合うんだけど、先輩方もちょっと気にしてるみたいだった。キャプテンがそのことについてさりげなく聞くと、誰かと一緒に歩いて登校してきたらしい。誰だろう?
 練習が終わって、教室に向かう途中で聞いてみた。

「今朝は誰と来たの?」
「え」
「気になってさ」

 そわそわしながら、天馬は「ちょっとね」とだけ言った。どうにも嬉しそうな顔をしていて、おそらく、その人物のことが好きなんだろうなと思う。秋さんかな?いや、でも学校までは来ないし天馬の口ぶりから言ってこの学校の生徒らしかった。
 き、気になる!




 授業中も天馬はそわそわしていて、にこにこしたり悩ましげな顔をしてみたり。気持ち悪いほどだった。信助もツッコミを入れていいものかと様子を伺うほど。
 けれど帰りのホームルームが終わればいつも通り「部活行こう!」と言って、鞄を持って戸口に駆ける。信助と顔を見合わせて、「サッカーのことでも考えてたのかな」なんて言いつつ一緒に天馬を追う。

 勢いよく戸を開けたかと思えば、天馬の足が止まった。

「一年生ってホームルーム長いんだね」

 落ち着いた声だった。天馬の肩越しに声の主を見ると、きれいな…というよりかわいい女の子がいた。

「なんで先輩、いるんですか」

 天馬が「先輩」と呼ぶのを聞いて、改めて彼女を見る。確かに先輩、らしい。ちょっとびっくり。
「今日の朝のお返し。一緒に帰りたいなって」
「俺、部活があります」
「練習見学したいな」

 天馬の口ぶり、なんだか嬉しそう。それだけこの先輩が好きってことなのかな。確かに素敵な人だ。かわいいし、天馬にはもったいないくらい。でも幼なじみには幸せになってほしい。よーし、私が一肌脱いでやろうじゃない!




 練習を見学すると言う先輩の隣を陣取って、さりげなくお喋り。話せば話すほど、見た目通りの少しおっとりした素敵な人だと分かる。
 天馬をどう思うか聞くと「元気な人!」とそのままな感想が返ってきた。脈がない!脈がないよ天馬ぁぁぁ!

「てっ天馬は足が早いんです!ドリブルが上手いし」
「へえ」
「それに、ええっと、サッカーが好きです!」
「それ分かるなあ」

 なんとか天馬をアピールしたいけど、上手い言葉が見つからない。だって、だって、なんて言っていいのか。
 人を好きになるとしたら、外見とか優しさとか、多分そのへんを見ると思う。外見はいまさら私がアピールしても仕方ないし、かと言って優しさはどうしたら…

「あ、もう練習おしまいみたいだね」

 考えていたらタイムアップ。きょ、今日はこのくらいでいいや。続きは明日以降!明日以降なんだからね!




 翌日は天馬が遅めに朝練に来ることもなかったし、ホームルーム終了後に先輩が教室前にいることもなかった。天馬は浮かない顔をしてた。
 ちょっと顔がにやける。そーんなにあの先輩が好きなんだ!と言ってからかいたい。今すぐにでも。でもでも、そんなの駄目だ。

 放課後の部活中、遠くにみょうじ先輩がいるのが見えた。「ちょっと失礼します」と断って、先輩に声をかける。

「みょうじ先輩!」
「葵ちゃん。こんにちは」
「松風くんは練習中?」

 なるほど、先輩も天馬に会いたかったみたい。練習中の天馬を見てにこにこしてる。結構脈あるかもね!よかったね天馬!

「休憩もうすぐだと思います」
「そうなんだあ。それじゃあまたね」
「え!待たないんですか」
「今日は家の用事があって」
「それなら、仕方ないですね…」

 またねー、と笑顔で先輩は手を振る。
 いいの?葵。ううん、よくない!

「せ、先輩!」
「はい!」
「天馬はすごく、優しいです」
「うん」
「みんな天馬のこと、いいやつだって言うし」
「うん」

 先輩はにこにこにこにこ。笑顔が崩れない。

「先輩もそう思えると思います」
「…ん、もう思ってるよ」

 「松風くんはいいひとだよね」と先輩は続けた。「いいひと」って脈ありなのかな。思えば、「いいひと止まり」という言葉もある。こんなことを言ってしまえば終わりだけれど、天馬は十分「いいひと止まり」で終わりそうなお人よしだ。
 ど、どうしよう。天馬を先輩から遠ざけてしまったような。

「もう行かないと。ごめんね」
「あ、あの、先輩」
「大丈夫、松風くんの良いところはこれから沢山知るつもりだから」
「えっと…はい!」

 なんていうか、天馬が先輩を好きになる理由が分かった気がする。ふわふわしてて、謎めいてて、腹に一物抱えてそうで、きっと天馬はそれが放って置けなかったに違いない。
 …天馬が先輩と、上手くいくといいな。


111030

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