かくれんぼなんかしなきゃよかった、と今では思う。
 四人でじゃんけんをしたら俺が一人負けて、彼女は「拓人くん運ないなあ」なんて笑う。みんなもそれで笑った。「たっくんドンマイ」「頑張れよ、神童」。じゃんけんに一発一人負けは悔しいし嫌だと思ったけれど、そうして笑い飛ばされるとついつい釣られて笑ってしまう。


 目を閉じて数を数えはじめると、真っ先に彼女の元気な声が聞こえた。少し目を開けたくなるが我慢、我慢。暗闇の中、三つの足音が離れていくのが聞こえる。
 約束の三十秒が経った。

「もういいかい」

 遠くで、二つの声が笑い混じりに「もういいよ」と言った。彼女の声がない。せめて「まだだよ」とでも言ってほしいんだけど。
 どうしよう。もう一回、三十まで数えようか。そう考えた時、小さな悲鳴が聞こえた気がした。たぶん、彼女の声だ。まだ「もういいよ」を聞いてない、でも、緊急時なわけだし、と声のした方に駆け出した。

 そこで見つけたのは血を流す彼女だった。名前を呼んでも、動かない。肩を揺らしても、だらんとした体があるだけで、やっぱり動きはなかった。
 俺の好きだった女の子は、そこで死んでしまった。好奇心旺盛で、高いところに上ったせいだ。落ちて、頭を打って、死んでしまった。



 双子の片割れの、なまえの方はそれから一ヶ月ほど学校を休み、やっと来たかと思えば彼女のふりをするようになった。霧野はそれを悲しそうな顔をしながら受け止めていた。
 ずっと一緒にいただけあって、「彼女のふり」をするなまえはどこからどう見ても彼女そのものだった。多少の違和感なんて、すこし目をつむれば気にならなかった。
 どくどくと血が流れ出る、ぐったりしたあの死体が動き出したみたいだった。葬式にも行ったはずなのに、安らかな顔も見た。煙になるまできちんと見守らせてもらったのに、まだ彼女が生きている気がした。
 「彼女」は普段のように俺に話し掛ける。霧野もいる、でも「彼女」がいればなまえがいなかった。それが霧野は辛く悲しいのだと分かっていた。それでも、「彼女」がいるのが嬉しかった。霧野の手前、そんなことは表情にも出さなかったけれど。

 中学に入ってからも、「彼女」はいた。安心しきっていたが、「彼女」でいるせいなのかみょうじがクラスメイトに絡まれているのを見た。
 なんとかしないといけない。みょうじが「彼女」である以前に、事実としてみょうじは彼女の妹だった。いつだって彼女は妹を大事だと言っていた。喧嘩をしても彼女達はすぐに仲直りをしていて、一人っ子の俺はそれが羨ましいと思っていたくらいだ。…クラスメイトたちの言葉を聞けば、俺の取るべき行動は見えてきた。俺が嘘をつけばいい話だ。

 自分でも付き合っている人がいるなんて惚けたことが言えるなあ、と思った。すぐにみょうじが信じてくれたことだけが救いだ。
 彼女にしか見えない女の子を振るのは予想以上に辛くて、自分が振られたわけでもないのに悲しくてたまらなくなった。
 振られるもなにも、俺の好きな女の子はとっくのとうに死んでいるんだけど。



 髪を切ったみょうじはどこからどう見ても、俺の好きな女の子の妹だった。俺が笑いかけると、みょうじも微笑む。彼女が笑ったようにもみょうじが笑ったようにも見えた。
 彼女のことはここ数年見られていない。成長した姿なんか、彼女の妹を見た上での想像でしかない。
 やっぱり、かくれんぼなんかしなきゃよかった。俺がじゃんけんで負けなければよかった。そうしたらきっと、今でも彼女の笑顔を見ることが出来たに違いない。

 彼女のたった一人の姉妹は彼女の死を受け入れたらしい。俺は未だに受け入れられずにいる。


111007

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