「あっ倉間くんだ!」と見覚えのある女子が俺を、発見!とばかりに指差し、声を張り上げる。南沢先輩が俺を見てニヤニヤするのが果てしなくムカつく。
 シュート練習をしていたというのに、三国先輩は「丁度いい、休憩にするか」なんて言う。確かにそろそろ休憩だろうと思ってたけど、丁度はよくない。南沢先輩は「よかったな、倉間」とまたニヤニヤしている。とことん嫌な先輩だ。

「休憩?」
「…ああ」
「三国先輩がいるね。きゃあ!手振ってくれたよ!」
「サッカー部なんだから、いるのが普通だろ」
「見て見て、ほら三国先輩だよ」

 お前は三国先輩のファンクラブでも作ってろ。

「つか、お前今日は遅いんだな」
「なんでか気になる?」
「別に」
「ま、委員会があっただけなんだけどね」

 マネージャーの一人がドリンクとタオルを渡しに来た。軽く礼を言うと、笑いながら小声で「倉間くん、がんばれ!」と返された。なにを、だ。なにを。
 女子、というかみょうじはマネージャーに挨拶し、「また明日ね!」などとフレンドリーに会話を締め括った。一応、あのマネージャー先輩なんだけど。

「それ、スポーツドリンク?」
「まあな」
「へえ。一口!」
「な、なんでだよ」
「暑くて喉渇いちゃって」

 の、喉が渇いたなんて俺が知るか!関係ない。なんで俺のドリンクをこいつに分け与える必要がある?ないよな、ああ。ない。

「ちょっとでいいんだよ?」
「ここここれ、すげえ薄いぞ!」
「ちょうどいいよ。ちょうだい」
「なんでお前に、だってこれアレだぞ、アレ!」
「わかんないよ…」

 量は問題じゃねえんだよ!
 よく考えろ。このボトルは、直に口を付けるタイプだ。
 いや、別にそんなことどうでもいい。本当にどうでもいい。だがよく考えろ。…いいわけないだろうが!

「じゃあ俺のをやろうか」
「お久しぶりです、東沢先輩」
「南沢な」

 なんでこの人は会話に入ってくるんだよ!しかし名前を間違えられていい気味だ。
 あ、いや。別に。どうでもいいけど。南沢先輩がこいつと話せばいい。いや、でも。どうでもよくない。こいつ、アレだし。アレ。なんか、変なことばっかり言ってるし。そんなやつと南沢先輩が話すことない。

「南原先輩くれるんですか?」
「南沢な。倉間がいいって言うんなら」

 みょうじは俺と南沢先輩を見比べつつ、鞄を地面に下ろした。
 なんだ、この雰囲気は。俺は別に、なんでもいい、わけじゃない。俺のを飲めとも言わない。先輩のを飲めとも言わない。こいつが自販機で適当になにか買えばいい話だ。でも俺がそれでいいのかといえばそれも違う、ような、気がする。

「どうしたの?倉間くん」

 俺の顔を覗き込む。か、かか顔が近い。なめらかに動く口元がやけに目に付く。…どこ見てるんだ俺は。

「…よ、」
「あれ?ていうかもう六時だ」

 遮るなよ!

「ごめんね倉間くん!また今度ちょうだいねー」
「だっ!誰がやるか、バカ!」

 鞄をひょいと持ち上げ、さっさとみょうじは走っていってしまった。バカのくせに足は早い。

「また振られたな」
「…うるさいっスよ、先輩」


110613

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