「俺のせいで監督が辞めさせられた」

 深夜に電話が来たと思ったらこんなことを言われて、寝ぼけていた私は意味が分からず「なにが?」と聞き返した。

「いや、だから俺がさ」
「は?」
「俺が」
「誰?」
「え?」

 いや、だって。誰。眠いし。

「…神童だけど」
「しんどう……?」
「えっあれ?」
「あ、クラスの人か」
「あれ、俺彼氏じゃないのか」
「うん、そうね」

 どうやら神童くんらしい。正直、すぐに思いついたのは進藤ヒカルだった。ごーごー囲碁。

「で?」
「監督が…その」
「うん」
「俺のせいで」
「さっさと話してくんない?」
「………お前、もういい」
「あのさ、そうやって話を中断されるの嫌なんだけど」

 電話のむこうで「グスッ」と鼻をすする音が聞こえた。
 …寝起きは機嫌が悪いんだ。今やっと頭が覚醒してきた。ガラスのハートどころか豆腐のハートの神童くんに酷いことを言ってしまった。

「ご、ごめんね。神童くんどうしたんだっけ」
「俺が…ぐす。シュート決めたせいで。監督が」
「シュート決めてどうして監督がリストラされるの?」
「…………しまった」

 な、なに!?「しまった」って!

「え?神童くん?」
「やっぱりなんでもない」
「ええー」
「気のせいだった」
「リストラは気のせいじゃないじゃん!事実じゃん!」
「いや、気のせいだった…」

 気のせいにされた監督が不憫だよ…
 神童くんはまたぐすぐす言いつつ、「お前なんなんだよお」と私を責める。私なにも酷いことしてないのに。

「…なんでマネージャーじゃないんだよ」
「え、だって神童くんがお前には試合を見てほしくないって言ったんじゃない」
「なんだよお前…もうやだ」
「私が一番やだよ…」

 神童くんと付き合い始めた当初、帰宅部だった私は「せっかくだしマネージャーになろうかな。神童くんのかっこいいとこ見たいし」と神童くんに言ってみた。すると彼は「お前には、あんなサッカーを見せたくない…」と影のある表情で断った。そのため私は「じゃあ友達に誘われてた囲碁部に入るね」と囲碁部に入ったのだ。ごーごー囲碁。その直後、神童くんは「えっ」と言って絶望に打ちひしがれたような顔をしていた気がする。もしかして、あの時食い下がるべきだったのかな。

「神童くん?」
「俺どうしたらいいんだろう」
「は?なに言ってんの?」
「………ぐす」
「!えっとお…今は眠るべきなんじゃないかな」
「眠れない」
「えっ、ええー…」

 いや、眠れるよう努力しようよ!

「今からお前の家行っていい?」
「なんで!?」
「マリカやりたい」
「…DS持ってきてね」
「Wiiがいい」
「…………」

 なにが悲しくて、対戦で負けると泣きそうになる彼氏と深夜にマリカしないといけないのかな。断るとまたぐすぐす言うし、私の目も覚めたし、明日は日曜だし…別に構わないんだけどね。

「うちの親に変な目で見られるかもね」
「婿暫定って言われたし」
「…そんなこと言われてたね」

 神童くんは見た目かっこいいし、サッカーやってるし、付き合い始めた時なんか菓子折り持って私の両親に挨拶に来た。おかげで両親の中で株価は常にかなり高い。今日これから下落しないといいけど。

「………俺、ルイージで走る」
「………じゃあ私はマリオで」
「因縁の兄弟対決か」
「どう見てもルイージが負けてるけど」

 …存在感、とか。神童くんが黙ってしまった。つい口を出た冗談だったんだけどな。「…やっぱりクッパJr.にする」…あ、喋った。

「よし、じゃあ切るよ?」
「俺を夜道で一人歩かせる気か」
「夜道が怖いなら朝に来なよ」
「もう家出たし」
「……お母さんにちゃんと言った?」
「ああ。そういえば、眠眠打破持たされた」
「ええ…徹夜させる気満々じゃん」

 なんでお母さん公認で徹夜でマリカ?

「今夜は寝かせないって言えばいいって」
「やだよ…マリカちょっとしたら寝ようよ」
「そういう意味じゃないと思うんだが」

 それはつまり、他のゲームもプレイしろと…。うち他はポケパークとどうぶつの森くらいしかないんだけど。二人でプレイ出来ないよお…
 「お前んち着いた」と神童くんが言う。あれ、すごく早くない?神童くんの家から家まで、結構な距離があるはずなんだけど。

「走ってないんだよね…?」
「電話かけるちょっと前から出掛けてたからな」
「泊まる気満々だったんかい」

 カーテンを開くと、暗闇の中で家の前に神童がいるのが見えた。のんびりと玄関に向かう。…私、寝巻きなんだけどな。着替える隙もなかったなあ。
 携帯の通話終了ボタンをぽちっと。

「…すげえ、マジでジャージ」
「…こんな時間の訪問に応えたことに感謝してくれないかなあ?」


110611

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