「たぶん、たぶんね。神童くんはエスパーなんだよ」

 …馬鹿かもしれない。いや、馬鹿なんだと思う。衝撃の真実!とみょうじが騒いだ時点でおかしいと気付くべきだった。なんだよエスパーって。

「だって、私がね。数学わかんないな、って思ってたら、この勉強会に誘ってくれたの」



 期末テストまで一週間を切るか切らないか。そんな微妙な頃に、神童は「日曜は勉強会をしよう」と言い出した。
 「何を唐突に」と聞くと、適当にごまかされた。神童は一週間前に慌てて勉強を始めるタイプでは決してない。なにか裏があるな、と思いつつ神童の家に向かう。おばさんに挨拶して、神童の部屋に向かう。おばさんはなにやら上機嫌で、ニコニコしていた。神童とは似ていない、ハイテンションな人ではあるけど今日はちょっと違うと思った。勘だけど。
 神童の部屋の前につくと、中から声が聞こえた。教科書を入れた鞄が重たく感じる。神童は独り言をぶつぶつ言う人間ではないし、中から聞こえる声には、明らかに女のものが混じっている。俺の他に一人呼んだと聞いてはいたが、…気まずいところに呼びやがったな。俺はなんだよ、キューピッド役ってか。

「……おう」

 ドアを開くと、そこには神童と、みょうじがいた。おばさんの異様なハイテンションの訳が分かった。色恋沙汰が好きそうな人だからな。「息子に可愛い彼女が出来た」だの思っていそうだ。
 みょうじ、神童が想いを寄せている女子だ。ここだけの話、みょうじの方も神童が好きらしい。神童が好きなみょうじは、神童と仲の良い俺に話し掛ける。相談という名目の惚気話だ。それを見たみょうじを好きな神童は俺にそれとなく相談を持ち掛けるようになった。もうお前らくっつけ。余談だが、どちらにも「勇気を出して告白してみろ」と背中を押しているが、どちらも奥手なため展開は今のところ無い。
 今回は神童が勇気を少し出した様だが、何故俺を呼んだ?

「ああ、霧野」
「霧野くん、おっつー」

 仲よさ気にテーブルに並んでいる。俺、邪魔だよな。教科書の入った鞄はもっと重くなる。ずっしり、とな。

「…差し入れ。勉強には糖分だからな」
「おまんじゅうだ!」
「まんじゅうだな」
「おまんじゅうだね」

 母さんが「余ってるから」とくれた温泉饅頭。ズレた手土産であるのは否めないが、こいつらには丁度いい気がしてきた。

「饅頭ならお茶も必要だよな。持ってくる」
「えっ神童?」
「いってらっしゃい、神童くん」

 置いてくな!みょうじを置いてくな!隙があればのろけるんだぞこいつ!



「神童がエスパーでも宇宙人でも構わないから勉強しようぜ」
「ちょっと聞いてよー」
「なんだよ数学分からないんだろ?」

 神童がみょうじを誘ったのは、ただ単にみょうじが好きだからだ。なにか仲良くなる口実が欲しかっただけだろう。それにしても教室で少し話す仲から、家に呼ぶ仲っていうのは段階を踏んでいないというか、ある意味神童らしいというか。
 みょうじは神童が出ていったばかりのドアを気にしつつ、続ける。

「それに神童くん、私が分からない問題があるとすっごく分かりやすくて、問題の解き方がすぐ分かるようなヒント教えてくれるの」

 それはあれだろ、神童の頭脳によるものだろ。

「エスパーならお前の気持ちにも気付いてるんだろうな、頑張れよ」
「いっ!今の話は無し!考えたら恥ずかしくなってきた」

 顔を赤くしているみょうじはとりあえず放置。数学の問題集を広げる。基本問題から、よし。
 しばらくすると、コップを三つと麦茶らしきお茶が入ったポットを抱えた神童が戻ってきた。心なしか神童の顔は赤い。…聞いてたな。まだ顔の赤いみょうじは「私もお菓子あるんだよねー」とコンビニの袋を取り出した。
 俺が今いなくなったら、神童は告白が出来るだろう。神童が告白しなかった理由はただ一つ、振られたらみょうじとの仲が気まずくなるから、だ。今なら振られない。ほぼ確実に。

「俺、ちょっとトイレ行ってくる」

 このトイレへ行くという行動が、俺を板挟みから卒業させてくれるわけだ。もっと良い言い訳があれば格好もついたもんだけど、この際気にしない。

 実際、トイレから戻ると二人は晴れて付き合うことになっていた。俺も晴れて板挟み、良く言えばキューピッド卒業だ。邪魔だろうから、と俺はそのまま問題集もノートも片付けて帰宅。テスト前に何してるんだって話だ。

 この二週間後には、またみょうじと神童に「手も繋げない、どうすればいい」と相談を持ち掛けられる訳だが、その時俺はそんなことを知る由もなかった。って言うとすごく格好がつくけど、要するに板挟みは卒業出来ていなかったということだ。


110530

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