帰ってまっさきにお風呂場に行った。新聞紙を敷いたら、あとはハサミでじょっきん。
頭が軽くなったのをお母さんに見せに行く。…どんな顔をするだろうか。
お母さんの第一声は私の名前で、次は「女の子なのに自分で切るなんて」だった。もっと驚くと思ってたのに、意外。
「じゃあお母さんが揃えてくれる?」と言えば、「お母さんもあんまり上手じゃないのよ」と笑った。
夜は朝に夕に泣いたせいもあって早めに眠ってしまった。朝起きると携帯が一件メールを受信していた。蘭くんから、「ごめん」と一言。私も、同じ言葉を言うべきだ。
早めに登校して、サッカー部が練習しているグラウンドを見に行った。「早めに」とは言っても、彼らからすれば十分遅いのだと思う。しばらくすると練習が終わって、部室に向かう蘭くんの名前を呼ぶ。
「…なまえ?」
びっくりしたみたいで、蘭くんはまじまじと私を見つめる。ちょっと照れるなあ。
拓人くんも私を少し見た。笑ってみせると、拓人くんも笑ってくれた。ちょっと勇気付けられたかも。
「髪ね、切ったんだ」
「いいのか?その。あれだろう」
「この方が頭が軽いんだよ」
それに、お風呂上がりもすごく楽だったし。
「蘭くんは短い方が好き、みたいだし…」
すき、と単語を口にした途端、自分の頬が赤くなるのが分かった。蘭くんの顔も赤くて、「それはそうなんだけど…」と気まずそうに言う。
「言い訳みたいなんだけどね」足元と蘭くんを見比べつつ口を開いた。
「お姉ちゃんになれないのは分かってたんだよ」
「………うん」
「でも今更、自分のこともよくわかんなくて」
また彼は小さく相槌を打つ。引いてるかな。
自分のことは分かるはずだったけど、何年も姉をやっていたら忘れてしまった。今こうして話していても、これが自分の仕草なのか少し不安だった。
なんて続けようか言葉に詰まると、蘭くんが「十分なまえっぽい」と笑った。
「そうかな?」
「そういうのって意識しない方が素が出るしさ」
素、と言われるとあんまり良いイメージがないんだけどな。この場合は良い意味だよね。
「今のお前さ」と蘭くんが言いかけたところで予鈴が鳴る。あと五分で朝のホームルーム開始だ。
「き、着替えてくる!」
凄まじいスピードで蘭くんは駆けて行ってしまった。「呼び止めちゃってごめんね!」と後ろ姿に大声で謝ると、走りながら振り返って「大丈夫!」。…この際だし言ってしまおうか。
「それとね、わたし蘭くんと同じ気持ち!」
ぴたっと動いていた足が止まった。それから、遠くから見ても分かるくらい彼の顔が真っ赤になった。やっぱり私も同じくらい赤いだろうし、このあと蘭くんになにか言われたら恥ずかしすぎて死ぬかもしれない。
「ホームルーム遅れちゃうよ」とまた大声で伝えると、「そうだった!」と我に返ったらしい蘭くんが叫んだ。
彼の姿が見えなくなった頃に時計を確認すれば、ホームルームまであと二分。どんなに急いでも、私たちの教室まで昇降口から三分はかかるんだよなあ。
私も蘭くんの行った方向へ走り出す。今から行っても間に合わないし、遅刻の原因は私だ。いっそのこと二人でのんびり教室まで行こう。
お姉ちゃんならこんなことしないし、もっと手際よく彼に気持ちを伝えられただろうなあ。そんなことはもう、どうでもいいんだけど。
110915
BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
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