中学に入学し、私は姉らしく過ごした。たまたまクラスが同じだった幼なじみたちには、よく話し掛けた。拓人くんは辛そうな顔をしながら、私と話す。蘭丸くんはなんでもなさそうに、人のいい笑顔を浮かべて私と話す。母は甘いものをよく買ってくる。私はそれを美味しそうに食べる。ごく普通の、姉が過ごせなかった時間だ。

けれど、ごく普通の日常もあまり長く続かなかった。拓人くんも蘭丸くんもは女の子に人気があるらしい。彼らに多く接触する私は目の敵にされるというわけだ。

姉ならどうする?
ごちゃごちゃに落書きされた教科書を見て、真っ先にそう思った。姉なら、きっと黙って教科書を閉じる。誰にもこの事実を言わない。妹である私にも、姉を大切に思う両親にも、姉が好きな彼にも。黙って堪えるはずだ。
そう考えはしたけれど、そもそも姉は誰にも嫌われない存在である筈で、誰にも好かれるはずの存在だった。こんな事態に追いやられるなんて、考えたこともなかった。もしかして、私が本物の姉じゃないから、だろうか。上手くコピーした気になっているだけで、私は駄目ながさつな妹のままなのかもしれない。お母さんは私を愛してくれるのに、拓人くんは私を嫌ってるみたいだ。なにかが崩れそうになる。私が積み上げてきたものが、全部崩れてぐちゃぐちゃになってしまいそうだと思った。私を消さないと。誰からも嫌われるに違いない。




「学校は楽しい?」

お母さんはにこにこしながら、駅前のケーキ屋さんで買ったケーキを並べる。甘ったるそうな苺のショートケーキだ。ここのケーキ屋さん、スポンジまで甘いから苦手だ。

「ここのケーキ、美味しいのよね」
「…うん。私も大好き」

もぐもぐ。やっぱり甘い。

「あら、美味しくない?」

顔をしかめたのをお母さんに見せてしまった。焦って「今日はね、ちょっと頭が痛くて」と言い訳に仮病を使った。お母さんの眉がへの字になり、「大変!」と一言。
言い訳をした瞬間は、お母さんを心配させるなんて、思いもしなかった。姉なら、酷い風邪でもごまかして、高熱が出ても「大丈夫だから」と苦しそうに言うのに。私は姉じゃない。翌々考えてみると、私の行動は姉の行動と異なることが多々あった。まだまだだ。私は全然姉じゃない。
「寝ていなさい」というお母さんに「大丈夫だよ」と言いながら、部屋に行って布団に潜った。姉を思い出さないと。私が姉にもっと近付けるように。




翌朝はなんだかけだるくて、昨日のことを心配したお母さんには無理に休まされてしまった。ちょうどよかった、と内心私はほっとしていた。昨晩は自己嫌悪で、どうにかなりそうだった。ゆっくり休んで、明日から、いや今日の夕方。お母さんが仕事から帰ってきたら、また姉をしよう。
そう思っていたら、携帯がメールを受信。蘭丸くんからだ。

体調悪いらしいけど、大丈夫か?

心配してくれたらしい。嬉しくなって、返信。昨日の反省を活かして、よく文章を考えてみた。この調子。きっと、上手くいく。




放課後、拓人くんたちに「部活頑張ってね」と笑顔で言う。蘭丸くんはにこりと笑って返事をするし、拓人くんは気まずそうに返事をした。
クラスの女の子数人に「話がある」と言われていた。なんとなく、嫌な予感はしているけれど話を聞かざるに得ない。姉は約束をほっぽり出したりしない。

「みょうじさん昨日休んでたね。なんだっけ、頭痛?」
「そうです、あの」
「私ヒヤヒヤしちゃった。みょうじさんいつも休まないから」
「……ごめんなさい」

笑い声。

「今日も神童くんに詰め寄ってたね」
「詰め寄ってなんか…ない、です」
「神童くん迷惑そうだよね。いやな顔してるよ?わかんないんだね。可哀相」

迷惑。そうなのかな。…駄目だ、なんだか泣きそう。俯くと、誰かが「やだ、震えてるよ」と言った。また笑い声。愉しそうだ。
がらり、と勢いよく教室の戸が開き、顔をあげるとそこには拓人くんがいた。自分でも、暗かった顔が明るくなったのが分かる。女の子の一人の口から「やば」と言葉が漏れたのが聞こえた。


110601

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