生まれる前から一緒にいた姉がいた。いつもにこにこ笑っていて、かわいくて、器用で、頭がよくて。それで、それで。私の好きな男の子の、好きな人だった。
姉が好きなのは苺のショートケーキで、ひらひらレースが付いたワンピース。甘いものとかわいいものが好きで、長い髪はいつもさらさらで、私とあまり変わらないはずの顔と身体なのに、姉はかわいい、と思っていた。実際、そうに違いない。
私たち姉妹と同い年の男の子二人、その四人でいつも遊んでいた。男の子のうち一人が、私の憧れだった。でも彼は、かわいい姉が好きだった。彼が気持ちを口にしたことはなかったけれど、見ていれば分かった。
あの日も姉はかわいくて、私の憧れで、少しだけ憎い存在だった。かくれんぼをすることにして、私の好きな彼が鬼になった。姉は「よーし散れー!」と真っ先に駆け出し、私は私で別の方向に駆け出した。鬼でない男の子も私に着いてきた。「一緒に隠れようぜ」と。かくれんぼの隠れている時間は緊張感もあるけれど、つまらなくもあるもので、「一緒に」というつい言葉に頷いた。
「じゃあ蘭くん、どこに隠れよっか」
「向こうに倉庫があるから、そこでいいんじゃないか?」
「…簡単すぎないかなあ」
「簡単すぎるくらいが逆にいいんだよ」
薄暗い倉庫に隠れて、しばらく。数十分くらいだろうか。倉庫の外から、鬼になった男の子の泣き声が聞こえた。泣かせるほどの難易度だったか、と首を傾げつつ倉庫を出る。
男の子は私たちを見つけると駆け寄ってきて、姉の名前を何度も繰り返した。
姉が死んだことを母は受け入れられなかったらしい。私のことを姉の名前で呼ぶようになった。すぐに訂正するけれど、母は可愛くていい子だった姉がいなくなったのが信じられないらしい。その頃から、私は髪を伸ばし始めた。箪笥に仕舞われたままの姉の服を着ると、母はもっともっと私を姉と呼ぶようになった。
学校で私を見る目は、たったひとりの双子の姉が死んで悲しくて、姉の影を追い掛ける女の子になった。あながち間違いじゃない。
私の好きな彼は、「なんて格好してるんだよ」と泣きながら怒った。喜んでもらえるって、ちょっと期待してたのに。もう一人の彼は「無理すんなよ」と心配そうに言った。
私は無理なんかしていない。姉がいなくなったから、姉になろうとしているだけ。みんな姉が好きだ。母も、彼も、他のみんなみんな、姉と関わった人はみんな姉が好きに決まってる。ずっと姉と一緒だった私だから、姉が死んだ悲しさはよく分かるし、姉が何を考えてどんな言葉を言うかは大抵分かる。劣化コピーだとしても、姉はやめられない。
なんとなく彼らとは遊ぶことが無くなった。特に、好きだった彼とは話すことすらなくなってしまった。
それでも彼を諦められなくて、受験して私立の中学校に入学することにした。きっと姉だって、「拓人くんと同じ学校に行きたい」と言って受験するはずだ。
家の電話が鳴り、ナンバーディスプレイを見ると幼なじみの一人だった。
「雷門受かった?」
そういえば彼も雷門に行くんだっけ。
「うん。蘭丸くんは?」
「…俺も。クラス、一緒だといいな」
「そうだね。みんな一緒だといいね」
110529
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