携帯電話って便利なもので、電話帳なんて機能がある。電話の相手は先輩で、先輩には何度も電話をかけることがあった。自分でもびっくりするほどのスピードで電話をかけ、数分の呼び出し音のあと、通話開始。
 今日は嬉しいことがあって、少し興奮気味だったんだと思う。先輩の声も聞かずに私は話し出したのだ。

「先輩、聞いてください!今日神童くんとお話しちゃったんです!
この間私が学校を休んだことがあって、それで、ノート貸そうか、って。ねえ先輩、神童くんって優しすぎますね!
本当は友達にもう借りる約束してたんですけど、思わず頷いちゃいました。だって神童くんのノートですよ?借りないわけがありません。
本当に神童くんはカッコイイし優しいし、最高ですよね!大好きです!
神童くんが好きすぎて、勉強も手に付きません。先輩、今度勉強教えてくださいね。先輩は男の人だから分からないかもしれませんが、神童くんって本当にかっこいいんですよ。それにかわいくもあります。
それにしても神童くんのノート、字が意外にも乱雑なんですよ。でも見やすいです。このノートで神童くんが勉強してたなんて、ちょっと感動しちゃいます。
とりあえずノートはコピーしてきました。全部コピーしようとしたら、コピー機が紙詰まり起こしてしまって。コンビニの店員さんを呼んじゃいました。申し訳ないです。でも神童くんはあんなにかっこいいんだから仕方ないですよね。
はあ…神童くんかっこいいなあ。

ところで先輩、今日はやけに静かですね。いつもなら相槌打ってくれるのに。不安です」

「……………なあみょうじ、電話番号を確認したらどうだ?」

 先輩にしてはちょっと声が違うような。電話だし仕方ないのかな。

「電話番号?」

 携帯を耳から離し、画面を確認してみました。そこには、「神童くん」の文字。あ、あれ?三国先輩に電話をかけた気がするんだけど。
 ちょっと待てよ、今までの会話を、神童くんに聞かれてた?…うそ、だあ。

「みょうじ、」

 ぶつん。
 気が付けば通話停止ボタンを押していた。ななな、な、なんてことを、私は!電話帳からきちんと三国先輩を選んだはずだったのに!なんでしししししし神童くんに!
 だめだ、明日から学校休もう。神童くんに合わせる顔がない。
そもそも何?ノート借りたことを電話でのろけるなんて馬鹿じゃないの。そんなの、明日の練習のときにでも三国先輩に言えばよかったのに。でも嬉しくてつい電話してた。
 後悔で頭がいっぱいだ。むしろ、頭が真っ白だ。

 そんな時に、携帯がなにやら着信音を奏でる。サブディスプレイに映るのは、「神童くん」の文字だ。
 怖い、怖すぎる。でも電話をとらざるを得ない。紛いなりにも好きな人からの電話だ。

「も、もしもし」

 応答したものの、無言。なにこれ、なんの嫌がらせなの。

「ししし、神童くーん?」
「…今から言うことは事実だからな」
「あ、は、はい…」

 なにを言われるのだろうか。神童くんに「キモいんだよお前」とその類の言葉を吐かれたら、私もう立ち直れないよ。でも神童くんはそんなに口悪くないな。「ノート早く返してくれ」程度かも。なんていう淡い希望。

「今日、みょうじに話しかけるのには勇気が必要だった。話しかける前には色々考えた。風邪は治ったのか?具合が悪くなったら遠慮なく言えよ、他にも色々と。最終的にはノートが居るか、とだけしか言えなかった。緊張してたし、みょうじがその、かわいくて。
もしかしたらもうクラスの女子にノートなんか借りてるかも、とは思ってた。お前のノートなんかいらない、とか言われたら心が折れるとか考えてた。
でも、ありがとうって、にこにこしながらお礼を言われた。死ぬかと思った。
同じクラスで、サッカー部で、マネージャーと選手。それなのに、なかなか話せなくてさ。みょうじと話そうとすると、なんか胸のあたりが痛くなるんだ。あと、ちょっと胃も。
みょうじと電話番号を交換してから一度も電話なんかしたことなくて、メールですらサッカー部の連絡だけ。だから今日、電話がかかってきた時は、出るか少し迷った。でも、好きな女子からの電話だし。まあその、出たわけだ。
そうしたら、アレで。俺のことが多分好きなんだな、っていうのと、先輩に対してはこんなに饒舌になるんだな、っていう風に思った。二つ目は嫉妬だ、多分。
上手くまとまらないな…言葉で語るのは難しいよな」

 言葉が出ない。これなにかのドッキリなんじゃないかなあ。私がなにかリアクションとったら、「ドッキリ大成功!」って看板持った神童くんやサッカー部のみんなが出てくるの。じゃなきゃ、私にこんなに都合いいことがあるわけない。

「…引いたかな」

 無言でいたら、神童くんは呟くように、電話の先でそう言った。

「ひ、引いてない、です」
「そっか、…うん」
「むしろ、その、嬉しいというか」

 あれ、今度は神童くんが無言になってしまった。

「ええと…こういうの、苦手なんだ」
「そ、そうなんだ」
「あのさ、付き合うとか、そういうことでいいんだよな?」

 聞き間違いじゃないよね。今、神童くんは「付き合う」って言ったよね。頷いていいんだよね。
間違ってないんだよね?


110522
もしもし

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