「じゃんけんしよう、じゃんけん」

 暇に耐え兼ねた私がふと口にした提案をフィディオは「は?」という言葉で突っぱねた。あまりにも短いお返事だ。

「じゃんけんして負けた方が勝った方の言うこと聞くっていうの、だめ?」
「うーん…なまえは無理なこと言いそうだからなあ」
「そ、そんなことないよ?」
「目を逸らすな、目を!」

 いや王様ゲームしかり、こういうのはちょっと無理難題を言う方が、盛り上がるんだよ。なんていうんだっけ、無礼講?だっけ。
 フィディオは優しいからなにか命令と言っても「コーラダッシュで買ってこい」とかその程度だろうし、私が勝ったらとことん面白いことを命令する。わーい、私だけが超たのしい。

「死なない程度の命令ならいいでしょ?」
「…それ相当だよな」
「フィディオ、出さなきゃ負けよ!じゃーんけーん、」

 強行突破。

「ぽん!」

 私、ぱー。フィディオ、ちょき。

「ま、負けた…」
「神様は俺の味方ってわけだ」
「呪ってやる!」
「呪うな!」

 ひらりと開いた自分の手が憎い。今日こそ、余裕ぶったフィディオにぎゃふんと言わせたかったというのに、神様は今日もフィディオに味方しやがった。

 昨日はフィディオにプロ野球で賭けをした。負けた方が勝った方に、好きな人がいるかを教える、っていう。本当は名前がよかったんだけど、あまりにフィディオが賭けを開始する前から拒絶するものだから止めてあげた。
 で、結果は私の負け。夜に電話で「私には好きな人がいます」と私は言った。なにを思ったのか、フィディオも「まあ俺にもいるんだけどね」と告白してきた。賭けの意味が全くない。私が敗北感を味わっただけだった。

 「なんて命令しようかなあ」だの言ってフィディオは私を見つめつつ、にやりと笑う。すごく悔しい。

「なまえ的にはどんなのがいい?」
「楽なの」
「素直だなあ…」
「人間素直が一番だよねー!」
「どの口が言うか」

 フィディオはまだ悩んでいる。「思い付かないなら命令なしでもいいんだよ」と鶴の一声的な言葉をかけると、「いや思い付いてはいるんだよね」と即答された。一体、なにが彼を躊躇わせているんだろうか。
 しばらく悩むようなので、おーいお茶を一口。苦い。

「俺が考えた命令、もしかしたら楽かもしれない」
「えっ、ほんと?」
「楽じゃないかもしれない」
「…ハッキリしてよ」

 そこでまた考え込む。

「…場合によっては俺も辛いし」
「よっしゃ。なにすんの?」
「頼むからもっと悪意を隠す努力をしてくれ」

 フィディオは呆れたように笑う。私も苦笑して「ごめん」と一応謝る。
 私だって心底彼が嫌いなわけじゃない。フィディオだって憎まれ口は叩くけど、私のことを嫌ってるわけじゃないと思う。

「好きな奴にさ」
「え、やめようよ。そういうの」
「……キスしてくる、とか」

 きす。…一瞬、頭が真っ白になった。

「いやいやいやいや!」
「面白いじゃん」
「他人だったら面白いけど、それはちょっと」
「駄目か…」
「だだだ駄目にききききき決まってるよ!」

 そう言うとまた、うんうん悩みだした。
 好きな人だからっていきなりきききききす、なんて、でで出来るはずが、ない。付き合ってもないし、いきなりキスなんて、色んな階段を三段飛ばしで駆け登るようなもんだ。

「じゃあさ、」

 がしっと肩を掴まれ、フィディオの顔が近付く。蒼い瞳が私を見つめる。こんなに近くで顔を見たのは初めてだ。

「俺がなまえにキスする」
「え」

 「だからさあ。好きな人といきなりキスなんて、色んな階段を三段飛ばしで駆け登るようなもんなんだってば」
 言葉は飲み込まざるを得なかった。唇に柔らかい感覚があったおかげで、声は出なかったのだ。

「なまえの気持ちは知らないけど、いいよね。罰ゲームなんだから」
「…罰ゲームにしては、やったことが大それてるよ」
「ごめん、その。好きな奴とは付き合ってないみたいだったから」

 「俺にもチャンスあるかなって」なんてフィディオは言う。こいつ、ふざけてる。
 力強く掴まれていた肩がやっと解放された。「痛かった?」と心配そうに聞かれたけれど、心配するくらいならもうちょっと緩く肩を掴んでほしかったところ。

「チャンスとか、わけわかんない」
「…そうだね」
「私はずっとフィディオを好きだったのに」

 はっとしたように、私をフィディオが見る。…思わず告白したけど、よかったのかな。

「あの、俺もずっとなまえが好きだったよ」

 つい、フィディオから目を逸らした。嬉しさももちろんあるけれど、恥ずかしさの方が強かったし。
 昨日と違って、敗北感はない。幸せだからかな。


110625
負けも悪くない

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