彼女にはアツヤが見えると言う。アツヤはまだここにいる。寒い中、両親と体温まで冷たくなったアツヤ。けれどアツヤはまだ、いる。
アツヤと両親が死んでしまったあの日、彼女はアツヤが死んだことにショックを受けて誰もいないところにアツヤを見るようになった。僕はアツヤの死体も、両親の死体もしっかりと脳裏に焼き付いているのに、まだ死んだことを認められなくてアツヤが見える彼女にすがった。



「ごめんね、今日はアツヤと帰るんだ」

いつも僕となまえと「アツヤ」と三人で帰っていた。みんなは僕らを見て「アツヤはいないよ」と言った。事実だけど事実ではなかった。こうして今も僕らの近くにはアツヤがいて、みんながアツヤを否定するたびに、アツヤはつまらなそうな顔をした。「兄ちゃん、なにか言い返してやれよ」と。僕は苦笑しながら、みんなにやんわり教えてあげた。アツヤはまだいる。僕の近くにも、彼女の近くにも。

「二人で?」
「そう。アツヤがね、二人がいいんだって」
「へえ…残念だなあ」
「あは、また明日は一緒に帰ろうね。」
「もちろん。」

アツヤが死んだショックで泣いていた彼女はもういないし、狂ったようにアツヤを呼ぶ彼女もいなかった。アツヤのおかげだ。




彼女が死んでしまったと連絡がきたのは、その日の夜だった。通学路でもない山道で足を踏み外して、頭を打って死んでしまったらしい。アツヤのせいだ。

「アツヤ、どうして連れていったんだよ」

アツヤのマフラーを破ってやろうと思った。ふかふかのそれを思い切り握りしめると、アツヤの声が聞こえた気がした。




アツヤがいつもしていたマフラーを巻いていると、不思議なことにアツヤが僕の中にいるようになった。僕がへまをすると「まったく兄ちゃんは」とアツヤは笑う。次第にアツヤは僕を乗っ取るようになった。ストライカーで、ディフェンダーで、強気で、しっかり者で、僕はよく分からない人間になっていった。それでも僕はアツヤを離したくなかった。僕はアツヤと一緒に死ぬか、生きるか。二択だ。僕が完璧になるにはアツヤが必要で、アツヤが完璧になるにも僕は必要だったはずだ。
彼女の葬式からしばらく経って、彼女が見えるようになった。にこにこ笑って「士郎」と僕を呼ぶ。誰とも帰らず、いつも僕らは三人で家路についた。彼女がいるし、アツヤもいた。三人もいれば十分だった。それに、クラスメイトも誰も彼も、アツヤと彼女を否定する。「二人とも死んだんだよ」と諭そうとする。

「今日は特別に、山の方通ろうよ」
「やめようよ、士郎」
「まだ雪あるし危ないんじゃねえの?」
「大丈夫大丈夫、ね。」

二人は渋々といった表情で頷く。きっと分かってるんだ。僕がなにを思ってるか、しようとしているか。
三人でいても本当は淋しかった。アツヤは中にいるし、彼女はぼやけて見えていた。僕だけがここにはっきりと実在していた。はっきり実在するのが正しいと思ってた。でも、正しいものがいつも愉快で幸せとは限らないよね。はっきり実在出来なくたって、僕らは完璧になれるはずだ。アツヤと士郎がいるんだから。…あ、もちろんなまえもいるよ。僕らの大切な幼なじみだ。


110301
ドリーミング

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