私の一番古い確かな記憶は、お父さんとなまえちゃんが私を心配そうに見つめる姿だった。それ以前のものはあまりよく思い出せない。いい思い出だったとは思うんだけど、何故だろう。
私が中学生になって初めての夏、中学二年生のなまえちゃんに彼氏が出来た。お父さんはそれを聞いていい顔をしなかったけど、幸せそうななまえちゃんを見ると“仕方ないな”なんて気持ちになってしまうみたいだった。私はそんなの、許せないのに。
なまえちゃんは私の大切な大切なお姉さん。あんな人に渡せない。今まで持ったことのない、黒くもやもやした感情が私の心を支配していく。なまえちゃんと私はずっと一緒なのに。なまえちゃんのいろんな初めてが、彼氏に奪われていく。デートも、キスも、恋人繋ぎも、なにもかも。最後は、なまえちゃんの、一番大事なものも。
お父さんはそれを許せるの?私は許せない。お父さんはなまえちゃんのことが大事じゃないのかな。
それからしばらくして、冬がきた。寒い寒い季節。でも、炬燵でなまえちゃんと仲良くするのが楽しいから好き。一緒にお出かけして、寒いからって手を繋げるから好き。なまえちゃんのかじかんだ手を暖めてあげるあの感覚が私は大好き。
でも今年はちょっと違った。大晦日に、歌合戦を見ずにお蕎麦も食べずになまえちゃんは彼氏と初詣に行ってしまった。お父さんと二人きりで食べるお蕎麦はあんまり美味しくない。歌合戦も、なまえちゃんとどの歌手が好きか言い合えなくってつまらない。しょんぼりした私をお父さんが気遣うのが、また私の心のもやもやを大きくさせる。もやもや、ぐるぐる。渦巻く黒い感情。なまえちゃんと彼氏が、別れたらいいのに。思っちゃいけないことだと分かってる。ずっと仲良くいればいいって願うべきだって知ってる。でも、本音は、別れてほしい。
1時頃になってなまえちゃんは帰ってきた。近所の神社から帰ってきたのだと言う。彼氏が家まで送ってくれたと、言う。お父さんは「上がってもらえば良かったのにな」なんて言った。家にまで彼氏は入り込んで来ようとする。
「別れてください」
気が付くと出た言葉。ずっと我慢していた言葉が、春になったころ漏れ出てしまった。なまえちゃんの彼氏は、私の言った言葉がよく分からないみたいだった。
「なまえちゃんは、あなたのことなんか、嫌いなんです」
嘘だ。エイプリルフールはもうとっくに過ぎたけれど私は嘘をついた。彼氏は「それって本当?」と私に聞く。私のことを、信じているんだ。
「本当です。もう別れたいって、毎日泣いてるんです。」
嘘をついてはいけないとお父さんは言った。それなのに私はそれを破って、ただなまえちゃんを独占したいが為に嘘をついた。
次の日からしばらく、なまえちゃんはふさぎ込んだ。彼氏は最後まで優しかったと言っていた。別れた理由は教えてくれなかったけれど、きっとなまえちゃんの彼氏はなにか嘘をついたんだろう。妹からの告げ口のせいにはしなかったに違いない。なまえちゃんにお似合いの、優しい彼氏だから。それに対して私は、なまえちゃんの妹に相応しくない卑怯な妹だ。
もしなまえちゃんと血が繋がっていなかったら、そんなことを考えることがある。そうしたら私はなまえちゃんを大好きになるんだろうか。なまえちゃんは私を大好きになってくれるんだろうか。血が繋がっていなかったら、私となまえちゃんの関係はどうなるんだろう。友達、先輩後輩、もしかしたら恋人。姉妹じゃなかったら、という仮定は私に希望ばかり与える。
私が中学二年生になったある日、その仮定は本当だったことが分かる。なまえちゃんは、本当の妹でもない卑怯な人間を嫌いになるのだろうか。思い浮かぶのは、私が本当の両親の記憶を塗りかえられたあの日のなまえちゃんの瞳だった。
110109
卑怯なおんなのこ
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