日本にはエンドウという人がいるらしく、フィディオくんはそれはそれは嬉しそうに、日本戦が楽しみだと言いました。エンドウという人はサッカーが大好きで、フィディオくんが言うには「彼の瞳はきらきらしていて、とっても澄んでいた」そうです。それを聞いて私は、きっとエンドウという人もフィディオくんも、みんなサッカーが好きでサッカーを大切にしているんだなあと思ってうれしくなりました。

「日本戦も生中継で見るからね」
「…あんまり夜更かししない方がいいと思うけど」
「フィディオくんの活躍を見ないわけにはいかないよ!」
「まあ、そうだな」

仕方ないな、と言わんばかりのフィディオくん。でもその声は、とても嬉しそうです。きっと、もしこの場に彼がいたらにこにこしているに違いありません。
日本戦は明日です。今までもそうでしたが、この一戦もとても大事です。なにせ決勝トーナメントがかかっているのですから。彼の言うエンドウという人のいる日本も、この一戦に勝つか負けるかで決勝トーナメント出場が決まります。私のようにイタリアでオルフェウスを応援している人も、日本でイナズマジャパンを応援している人も、今この瞬間同じようなことを考えていると思うと今更ながらドキドキします。
フィディオくんとは他愛もない世間話を少ししたあと、電話を切りました。私は受話器を電話機に戻し、ほっと一息つきます。会えないのはやっぱり少しつらいです。彼の言葉を一つ一つ思い出しながら、明日の「夜更かし」のために眠ることにしました。




帰ってきたフィディオくんに「おかえり」と言うと、「ただいま」と返してくれました。
荷物を置いたフィディオくんに抱き着こうか少し悩みます。疲れてるだろうし、でも、久しぶりに会えたわけだし。どうしようか悩んでいるとフィディオくんが私の腕を引っ張り、そのまま私を抱きしめました。懐かしいにおいと感触、それからくらくらするようななんとも言えない気持ち。みんな懐かしいです。
実際彼と会っていなかったのはそんなに長い間でもありませんでした、今までなら。好きな人と別れているのがこんなにも辛いのだと、私は彼に告白された時知りませんでした。

「フィディオくん、おかえり」
「さっきも聞いたな」
「もう一度言いたくて」
「そっか。じゃあ俺も、ただいま」

顔を上げて彼の顔を見ると、それはそれは優しそうに微笑んでいて、なぜかそれを直視出来なくて、彼の首元に視線を戻しました。

「なまえは俺がいない時、淋しかった?」
「…うん。すっごく」
「ははは、俺も」

FFIの最中に電話していたはずで、彼の声は聞いているはずでした。でもやっぱり生の彼には勝てないようで、声を聞いているとフィディオくんが今ここにいるんだなあ、と安心できます。
今更ながらいつまで抱き着いているんだろう…と恥ずかしくなり、フィディオくんから離れました。フィディオくんは「もうちょっとああしてたかったんだけどな」と茶化すように笑い、私は「もう十分だよ」と嘘をつきました。本当はまだ不十分です。

「俺が帰ってきたらなまえは泣くと思ってたんだけどなー」
「なんで?」
「泣き虫だから」
「そこまで泣き虫じゃないよ…!」

「なまえが泣いたら、抱きしめてキスしようと思ってたんだ」
「………キス?」
「泣き止ませるためにって言い訳してさ」

フィディオくんは告白した時みたいに顔が真っ赤になっていました。かわいいなあ、と思ったのは言わないでおきます。私もきっと真っ赤なので、フィディオくんには言えないのです。
キス、…どうしましょう。泣いておけばよかったですね。なんて考えてしまいます。

「今から泣いても使ってくれる?」
「…………聞くなよ」
「目薬買いに行こう、フィディオくん」

薬局はどこにあったかな、と頭の中に地図を思い浮かべながらフィディオくんの手を引きます。しかし、引っ張ったはずが、逆に引っ張られてしまいました。よろけてしまう私をフィディオくんは支えて、ため息をひとつ。
「雰囲気もなにもない…」と悩ましげに言いながら、私が泣けば叶うはずだったことをしました。


110716
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