彼氏と彼女のしつけ方


「レーガさん…そろそろ…」
「…もう少し」

逃げようとする腰を抱き寄せて一層肩に顔を埋めた。そうすれば彼女が困ることを知っていて。

自分たち以外誰もいなくなった店内を見回して帰り支度をし始めた彼女を引き止めたくて、つい手が出てしまった。
ーーでも、オレは悪くない。
晴れて彼氏彼女の関係になってからというもの、オレの彼女であるはずのミノリが店に来る頻度が前と比べてぐんと減った。
牧場経営のことは正直よく分からないし忙しいんだろうと自分に言い聞かせて無理矢理納得していたけれど、偶然散歩に出た川辺でフリッツと楽しげに話している姿を見たらそんな考えなんて吹き飛ぶに決まってる。
オレとしてはあそこで割って入らなかったことを感謝して欲しいくらいなのだが、そもそもオレが近くにいたことにさえ気付いていなかったミノリには無理な話だろう。

「レーガさん?…具合でも悪い?」
「別に」

っていうかそもそも付き合ってるのにミノリはいつまでオレのことをさん付けで呼ぶつもりなんだ。
中々会えない方に意識が行きすぎていて、今まで問い詰めたこともなかった。

「レーガさん、そろそろ本当に家に帰らないと…」
「……」
「……もう」

頭の上でミノリが溜息を吐いた。
時間的にもそろそろ帰してやらないといけないだろう。でも、ここでそのまま帰したら何も変わらない。せめてこの鈍感な少女に何か一つでもお灸を据えてやらねば気が済まない。

あんたが来ない間オレがどんな思いでこの店を開け閉めしてたと思ってるんだ。なんで自分の彼女の様子をわざわざ友人に頼んで教えてもらわなきゃいけないんだ。やっと来たかと思えばさっさと飯だけ食って出て行かれた時のオレの気持ちが分からないのか。

言いたいことがぐるぐると頭の中を巡って結果言葉にならない。抱き締める事でしか気持ちを伝える術が無いのがもどかしくて堪らない。
ああ、このままじゃオレこいつに呆れられるんじゃないか。
バレないようにそっと表情を窺おうとしたその時、ミノリの細い腕がオレの頭をぎゅっと包み込んだ。

「!」
「分かりました。今日のレーガさんは甘えん坊さんなんですね」
「…ミノリ?」
「今夜は私がたっぷり甘やかしてあげちゃいます。…だから、まずは顔、上げて下さい」
「……」



ちゅ。



短い音を立てて離れていく感触。今のはなんだ。今のは……ミノリが?オレに?
目の前で茹でたタコみたいに顔を真っ赤にして此方を見つめている顔をまじまじと見つめ返すと「あんまりこっち見ないで下さい!」と顔を背けられた。
顔をあげろと言ったのはあんただろうが。それまで鬱々としていた気分が一気に晴れやかになったように感じる。男なんてみんな単純な生き物だ。
にやけていく頬もそのままに再度強くミノリの体を抱き締め直した。


「…ミノリ、大好きだ」
「わ、分かったからはなし、離しっ…レーガさんっ!」


(2014/03/14)
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