きみのせい緑の木製の扉。それを目の前にしてぎゅっと覚悟を決める。いつもお邪魔する閉店間際の時間よりも少し早い夕飯時、あまり見たくない光景がこの扉の先に広がっているのは間違いない。一つ深呼吸。…よし、行こう。気持ちが違うだけでいつもより重たく感じられる扉を開けると、そこにはーー 「ミノリ、いらっしゃい」 「レーガさん、こんばん…っくしゅ!」 いつもと同じ優しげな笑顔を浮かべたレーガさん…と、店内をほぼ埋め尽くすお姉様方の普段嗅ぎなれない香水の匂いが鼻の奥を刺激して、思わずくしゃみが漏れてしまった。 首を少しだけ傾げて「風邪か?」なんて聞いてくれるレーガさんに慌てて頭を横に振るとそれでも少し心配そうな表情の彼にいつものカウンター席へ通される。 そんな風だからこれだけモテるんだろうな。 客一人一人の些細な変化にも気付いて声を掛けてくれる彼の優しさが嬉しくも、背後から刺さるトゲトゲとした視線が少し痛い。 今夜はご飯だけ食べてさっさと帰ろう。 いつもならご飯の後にレーガさん特製のデザート(これが物凄く美味しい!)を頂きながら今日一日起きたことをお互いに報告しあったりするのだけど、混み合うこの状況でそんなのんびりとした時間が過ごせないのは誰が見ても明白だった。 「今日は早いんだな」 「はい。午前中の雨で水遣りの時間がなくなった分、早く切り上げてきちゃいました。ごめんなさい、忙しい時間に」 「ん?ああ、そんなの気にしなくていいって。じゃ、注文決まったら呼んでくれ」 そう言ってキッチンに戻るレーガさんはいつもよりどこか慌ただしそうで、少し身を乗り出すとジュージューと音を立てるフライパンがコンロを占領しているのが見える。 鼻を擽る美味しそうな香りによだれが垂れそうになるのを抑えて、備え付けのメニュー表に目を走らせた。 「その顔は決まった顔だな」 「ふふ。和風パスタ、お願いします」 「はいよ」 そんな言い方したら誰だって誤解しちゃいますよ。 私のこと、なんでも知ってる顔して。 零れてしまったにやけ笑いを両手で隠しつつ注文を終えて目を閉じた。 きっと目を開ければそこには忙しそうに、だけどどこか楽しそうに、料理を作るレーガさんの姿があるんだろう。そんな姿見たら、絶対もっともっとにやけてしまうから。 彼の優しさが私だけにあるわけじゃないことは分かってる。その証拠に後ろで彼が作った甘いデザートに舌鼓みを売っている彼女たちも、みんな、レーガさんの魅力に惹かれてここにいる。私も、そうだから。 そう、分かってるのにーー 「ミノリ、お待たせ」 そうやって笑う表情も、 「……いつもサービスしすぎですよ」 「食いしん坊には嬉しいだろ?」 「…嬉しいです」 私にだけ付けてくれてるんじゃないか、と思ってしまいそうになるほど可愛らしく盛られたおまけのデザートも、 「いただきます」 「はい、召し上がれ」 全部が全部あなたを好きになってしまう理由付けになることに、あなたは気付いていますか? 「…全部レーガさんのせいなんだから」 「ん?オレのせいって、何が?」 「…こんなに食べたら太っちゃいます」 「何言ってんだ、ミノリは一応牧場主なんだからいっぱい食って体力つけないと駄目だろ」 「うっ…、…レーガさんのバカ」 「えっ」 (2014/03/13) |