赤い糸 04じりじりと肌が焼けるような暑さの中で、スカートの裾を縛り、耕し終えたばかりの畑にしゃがみこむ。 なかなかどうして、うまく行かない。 始めての牧場生活はミノリにとって刺激的なことばかりで、未知への楽しさこそあれど、同時に上手く事が運ばない故の悔しさも容赦無くミノリを襲った。 どうしてちゃんと育ってくれないの。と、泣きたくなる気持ちを抑え、肥料を混ぜ込んだ土を掬って、握り締める。 全て、教えてもらった通りにやったと思う。毎日かかさず水をやり、肥料も惜しみなく巻いた。 けれども、今自分の目の前にあるのは下を向いてしおれてしまっているトマトの苗だ。収穫まで後もう少しというところでしおれてしまった葉は、端が茶色く染まり元気をなくしてしまっている。 しぼんだ実を一つもぐと、ぶよぶよとした感触がミノリを一層追い詰めた。 * 「それはきっと、愛だよ!」 ぎゅっと両手を取って迫ってくるリーリエに若干気圧されながらも、ミノリは内心相談相手を間違えたかもしれないと苦笑いを浮かべる。 宿屋の娘のリーリエは天気予報士を勤めていて、気も優しく誰からも好かれる人気者だ。 もちろんミノリも例に漏れず彼女のことを好いているし、同時にその優しさを心から尊敬している。…の、だが。こういう所は彼女の父であるモーリスさん似だろうか。 「どんな作物も、愛情を持って育てれば応えてくれるっていうじゃない。他の条件は全てクリアしていて、なのに上手く育ってくれないってことは…多分、トマトが拗ねちゃってるんじゃないかな」 「と、トマトが拗ねる…かぁ」 真剣な表情でぐいぐいと迫ってくるリーリエに後退りしながらも、ミノリは小さく呟いた。 思い起こせば確かに近頃は、上手く育ってくれないストレスで、水遣りも乱暴になってしまっていたかもしれない。 動くのを止めると、先日のレストランでのことがじわじわと頭の中を侵食してきて、ただただがむしゃらに動き回ってきたのだ。 「疲れてるときって、周りに気使うと余計に疲れちゃうもんね。ミノリさんは、きっとお休みが必要なんじゃないかな」 「お休み…。…でも、牧場を放ったらかしにするわけにはいかないし」 あまり気乗りしない様子のミノリに、うふふ、とリーリエが笑う。 「それなら大丈夫!いい方法があるの!」 ちょっときて!と、手を取り歩き出したリーリエに、戸惑いながらも着いて行くミノリ。 話していた広場からさほど遠くない距離に、それはあった。 「えっと…ここって、」 「そ。レーガさんのレストラン。美味しいものいっぱい食べれば、きっともりもり頑張れるようになるよ」 でも、と言う隙もなくリーリエに引っ張られてレストランの中へ入る。 二人に気付いたレーガは一度大きく瞬きした後「珍しい組み合わせだな」と一言呟いて、ミノリの記憶と同じ笑みを浮かべた。 「あたしはプリンが食べたいな。ミノリさんは?」 リーリエに呼ばれて、いつのまにかまた見惚れてしまっていたことに気付く。 「えっ、あ…じゃあ、ホットケーキ、お願いします」 「かしこまりました。じゃ、好きな席で待っててくれ」 やっぱり甘いものだよね〜、という声に頷きながら、ミノリはキッチンの向こう側で動くレーガの姿を無意識に追ってしまっていた。 やっぱり、かっこいいと思う。 この前よりも少し遠いテーブル席に腰を下ろして、リーリエの話に相槌を打っている間も、背中に感じる彼の空気を気にせずにはいられなかった。 「ミノリさん?ねえ、ミノリさんってば」 「え……あ、はい!」 「…ミノリさんって、もしかして」 違和感に気付いたリーリエが、じっとミノリの瞳を見つめる。 ちら、とレーガの方を見て、またミノリへと視線を戻すと、納得がいったというように、ああ!と声を上げた。 「愛だ!」 「「へっ!?」」 突拍子もない発言に、大きな声が重なった。 真っ赤な顔をしたミノリがばっと振り返ると、同じくらい赤い顔をしたレーガがプリンとホットケーキを両手に固まっていた。 「な、な、な、なにをいきなり…!」 「あれ?わからない?だから、ミノリさんが」 「だ、だめっ!」 慌ててミノリがリーリエの口を塞ぐと、固まっていたレーガが遅れて我に返る。 「…で、なんでレーガさんまで赤くなってるのかな」 「…あんたらが大声で変な話してるからだろ。はい、ホットケーキと、プリン」 ぶっきらぼうにそう言って皿を置き去って行くレーガの後ろ姿を、ミノリは呆然と見つめた。彼のあんな表情を見たのは初めてだ。 「…ごめんなさい。ちょっと、やりすぎちゃったかも」 小声で謝るリーリエにミノリは息を吐くと、笑みを浮かべて頭を横に振った。 自分の恋心が分かりやすいのは自覚していたし、リーリエに悪気がないことも分かっている。 「リーリエちゃんには、バレちゃってたんだね」 自嘲混じりに呟くと、リーリエは小さく頷いた。 今ばかりは、自分の分かりやすい性格を恨んでしまう。 「…二人とも、とってもお似合いだと思う。それに多分、レーガさんだって」 「それはないよ。だって私、初めて会った時から色々迷惑かけてばかりだから」 自分で話していて泣きそうになりながら、ミノリはリーリエに笑みを向けた。 そう、想いを自覚したところで、結果が変わるわけじゃない。所詮自分は彼にとって、多数の花をくれる女性たちの中の一人なんだと、レストランの件以来ミノリはそう思っていた。 「それより早く食べよう?…そっちのプリンも、すごく美味しそう」 「ミノリさん…」 もの言いたげなリーリエの視線に気付かない振りをしながら、ホットケーキを一口切り分けて口に運ぶ。 ふわふわのそれを噛み締めながら、ミノリはなぜかあのぶよぶよになったトマトを思い出していた。 (2014/03/27) |