赤い糸 01


殺風景なところだなあ。

町に着いて、率直にそう思った。
流石に口には出さなかったけれど、だだっ広い広場に点々と人が立っているだけの光景は、なんとなくもの寂しさを感じてしまう。
ともかく、ここが私の新しい人生の第一歩なのだ。怖気付いてなどいられない。
ミノリは一度大きく腕を広げて深呼吸をし、石畳の道に記念すべき第一歩目を踏み出す…はずだった。

「きゃあっ!」
「うわっ」

くるっと世界は反転し、視界に現れた空が遠ざかって行く。
咄嗟に先程の硬そうな石畳を思い出して、強く目を瞑った。
ぶつかるーー!

「っ、危なかった……あの、大丈夫ですか?」

直後にミノリの頭を覆ったのは硬い石畳ではなかった。
なにか、温かいものに体を包まれている。抱かれて、いるーー?
恐る恐る瞼を上げると深い緑色の瞳と目が合う。微かに寄せられた眉はミノリを心配しているように見えた。

「っ、わわっ!」

慌てて立ち上がり距離を取ると、彼は両手をぱっと上げて、無実だと言わんばかりに周りを見回す。
動きに合わせて、彼が身につけている赤いエプロンがゆらゆらと揺れた。…この町の人だろうか。それなら、ちゃんとしなくっちゃ。

「えっと…あの、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました!」

額が地に付きそうなほどの角度でお辞儀をすると、赤いエプロンの彼はほっとしたような笑顔を浮かべて上げていた両手を下ろした。
よく見るとかなりかっこいい。つい見惚れてしまいそうになるのを堪えて、姿勢をしゃんと正す。

「怪我が無くて良かった。この町へは観光で?」
「いえ、今日引っ越してきたばかりなんです」
「…引っ越し?」

彼は一瞬考える素振りを見せた後、ああ、と軽く掌を打った。

「あんたか、噂の新米牧場主さんは」
「…多分、それであってると思います」

あ、あんた、ですか…。
まあそれでも先程までの他人行儀な態度よりはいいかと、これからご近所様になるかもしれない彼にミノリは再度頭を下げた。

「色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。オレ、そこでレストランやってるんだ。落ち着いたら是非食べに来てくれ」

あれ、意外といい人なのかもしれない。
思えばさっきも転びそうになったところを助けてもらったわけだし、と、ミノリはかなり目の前の彼に好感が持てた。

「それじゃ、また」

どうやら買い物途中だったらしく、小さな出店が出ている方へ去っていく彼の後ろ姿を見つめながら、ミノリは小さく息を吐く。
あの人に、受け止めてもらったんだ。
今更ながら自分のしでかしたことを思い出して、熱を持っていく頬を押さえた。
また、会えるだろうか。…ううん、会いに行こう。
教えてもらったレストランがある方角を見つめて、ミノリは再び町の中心部へ歩き出した。

肝心な彼の名前を聞き忘れたことに気付くのは、まだもう少し後のことである。



(2014/03/21)
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