以心伝心



「はぁ……」

本日何度目になるかも分からない溜息が、頬を撫でる風と共に流れていく。

雲一つない青空に、くっきりと映る太陽。畑のあちこちに設置された水汲み場は、光を反射しきらきらと輝いていてとても綺麗だ。
牧場主としてはまさに絶好の畑仕事日和、ではあるのだけれど。空を見上げていた頭を元に戻して、土仕事で汚れた両手を水に浸しながらそんなことを思う。

ここ最近、ぐんと貿易国が増えたこともあって、町は大分活気付いたようだ。
前よりも店に立ち寄ってくれる客が増えた、と店を構える誰しもが口を揃えて言う。それは勿論彼の店も同じようで、近頃は顔を出してもほぼ満席な事が多い、と珍しくあのクラウスさんが愚痴を零していた。

今日でレーガさんの顔を見なくなってから何日が経ったのだろう。忙しいならば邪魔をするわけにはいかないと、レーガさん断ちをはじめてから一週間は経った気がする。
幸いにも一月ほど前にキッチンを作っておいたおかげで、なんとか彼の料理が無くても一日を無事に終えられるまでにはなった。…ちょっぴり偏りはしているけれど。冷蔵庫に大量に詰め込んだかぶの山を思い出すだけでその味が想像出来て、思わず苦笑いが漏れた。

「そろそろ、落ち着いてるかなぁ…」

ううん、落ち着いていてもらわないと困るんだ。
こうも毎日かぶ料理づくしでは体が参ってしまうし、なにより…なにより、そう。私が、あの人に、レーガさんに会いたくて堪らない。
あなたが作る料理が恋しい。あなたが、恋しいーー

すっかり綺麗になった両手で、光る水を掬い上げて、火照った頬を冷やした。
何を考えているんだろう、私は。
そう思いながらも、頭の中はもうレーガさんでいっぱいだ。

「……よしっ」

会いに行く。もう決めた。
そうと決まったら行動は早い。服に付いた砂埃を軽く払ってぐっと立ち上がる。
まだ日も高いことだし、急いで行けば夕飯時よりも前にお店に着けるだろう。

レーガさんに会ったら何を話そうか、そんなことを考えながら、歩き慣れた山道を小走りで下る。
束ねた髪をさらっていく風が気持ち良くて、つい鼻歌なんて歌ってしまう。
さっきまで悩んでいたのが嘘のように気持ちは晴れやかで、ここまで私の気持ちを左右するレーガさんは本当にずるい人だと思う。
脇道に生えていたムーンドロップ草が、風に揺られて踊っている。まるで、私の歌に合わせてくれているみたいだ。自然と気持ちが大きくなって、歌声にも力が入ってしまった。

「らん、ららら、らん」
「ミノリ?」

どくん、と、心臓が凄い勢いで跳ねる。
「今日は随分機嫌が良いんだな」と、続けざまに響いた声は、確かにレーガさんのものだ。
ぱっと薄く閉じていた瞼を開けると、数メートル先にいつもの仕事着のままのレーガさんが立っていた。
驚いて固まってしまった私にレーガさんが近付いてくる。

「久し振り」
「あ、お、お久し振り、です…!」
「ぷっ。…どうした、そんなに緊張して」

口許に拳を当てて笑うレーガさんの顔を見つめたまま、私はまだ動くことが出来なかった。
だって、だってーー!牧場を出る前に冷やしたはずの頬がまたかっと熱くなる。

「最近中々ミノリが店に来てくれないから、こうして迎えに来たんだけど」

そう言って爽やかな笑顔を浮かべるレーガさんに見惚れてしまう。なんでこの人はさらっとそういうことを言ってしまえるのだろう。と、思っていたら、やっぱり恥ずかしくなったらしく「えーと…」と、不自然に私から視線が外れた。
そんな姿が彼らしいと言うかなんというか、たまらず噴き出してしまうと、すぐさま咎めるような視線が頭に刺さる。

「ごめんなさい、でもレーガさん、お店は大丈夫なんですか?」
「…ミノリ、曜日感覚失なってるだろ」
レーガさんが呆れたように溜息を吐く。
「え?…あ、今日って水曜…でも、その服」
「…あー…。本当はまだ少し仕込みが残ってるんだけど、一度ミノリのこと考えたら止まらなくなってさ。料理にも集中出来ないし、これは会いに行くしかないと思ってそのまま出て来ちまった」

伸ばされた手を取ると、指先に絆創膏が触れた。
職業柄毎日包丁に触れている彼に似つかわしくないそれが、なんだかとても愛しい。
結局、二人とも会いたがっていたのだ。下手な我慢なんて、しなければ良かった。

繋いだ手を引かれて歩きだした方向は町の方角だ。照り付ける太陽を背にして歩くレーガさんの背中が、いつもより少しだけ近くなったように感じた。

「ミノリには悪いけど、今日は一日オレに付き合って」
「はい。これ以上レーガさんの手に傷が増えたら大変ですし」

僅かにむっとした表情でこちらを振り返るレーガさんに、小さく舌を出して見せる。
沢山我慢したんだもん。少しくらい楽しませてくれたっていいでしょう?
私なりの精一杯の笑顔を返すと、空いている片手で頭をわしゃわしゃと撫でられた。







「帰ったら何か作るよ。何が食べたい?」
「…是非、かぶ料理以外でお願いします」


(2014/03/19)
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