ウワサのカレシ



(もしも二人が学生だったら、というおはなし)












今日も窓際でキャーキャーと上がる黄色い声援に、ミノリは机にうずくまるようにして耳を塞いだ。
今は彼がーーレーガが、体育の時間だ。今度はゴールでも決めたのだろうか、また一つ外で沸いた大きな歓声と共に、自習中をいいことに窓際に集まった女子達の、甘ったるい溜息が落とされる。

私のなんだけど、な。

心の中で密かに呟いた言葉は目をハートにした彼女たちには届かない。目を閉じればクラスメイトたちに囲まれてちやほやされているであろう二つ上の彼氏を想像して、ミノリはすん、と鼻を啜った。

こうなることは分かっていたのだ。あの日、ベタに校舎裏で憧れの先輩から受けた告白に胸を高鳴らせた、と同時に過った一抹の不安。
ここに入学した時から噂になっていた『みんなの』先輩を、独り占めするということがどういうことか。
それが分かっていたからこそ、付き合っている事実を公にせず、傍目には仲の良い先輩後輩を今まで演じてきていたのだ。
その今までの努力を全て無にしてしまいたくなるような光景が、今ミノリの目の前にある。
もやもやとした思いをぶつけるようにガタッ!と音を立てて立ち上がると、ミノリの後ろの席でうわっと小さく情けない声が上がった。

「びっくりしたー…。なんだよミノリ、いきなり驚かすなよなー」

目を丸く見開いて此方を見詰めるフリッツ。片手には真面目らしくシャーペンが握られているが、自習用のプリントは裏返しにされて彼の落書き帳と化していた。
幼馴染のフリッツとは昔から仲が良く、ミノリは今までほんの些細なことからなんだって彼に相談してきた。交友関係の広いミノリの中でも随一と言えるほど近い距離にいるのは、まさしく彼であると断言しても良いだろう。勿論、ミノリがレーガとお付き合いを始めた時も、一番に報告した相手は彼である。
少々興奮して喜ぶミノリの様子に、フリッツは苦笑いしつつもおめでとうと一緒に喜んでくれた。

そんな気のおける友人、というよりも、親友をじっと見つめていたミノリの瞳が、堰を切ったように潤んでいく。

「…、…フリッツ〜!」
「うわっ!?みの、ちょっ…待って…!」

倒れ込むようにして彼の机に伏した彼女に、慌てるフリッツ。なんだなんだと此方を見る視線に、フリッツは自分まで泣きそうになるのを堪えて必死にミノリを慰めたのだった。





「今日はうち来るだろ?」

すっかり日も暮れ、少し肌寒くなった帰り道。
人気の無い道を選んで帰る二人の距離は、今日は人一人分だけ不自然に空いている。
ミノリはレーガと付き合い始めてからというもの、学校が終わった後はいつもこうして二人で帰って、そのまま人目を忍んで一人暮らしのレーガの家に寄ることも珍しくは無かった。
料理が趣味の彼はコックを目指していて、時々ミノリにも修行中だという料理を振舞ってくれる。
今までに食べてきた数々の美味しいそれらを思い出してミノリは頷きかけるも、ふと例の自習中の一件を思い出して頭を横に振った。

「…今日は我慢します。反省デー、ですから」
「反省?なにを?」

レーガの眉が怪訝そうに寄る。
内緒です、とミノリが呟くと半歩前を歩いていたレーガの足が止まった。

「フリッツの前で泣いたこと?」
「な、んで知って…!」
「あいつから聞いたよ。ミノリが悩んでるからどうにかしろって。ほら」

レーガはそう言うとミノリに見えるように携帯のメール画面を開いて渡してやる。
驚くミノリの頭を数度撫でると、レーガは携帯を取ってポケットにしまった。

「嫌な思いさせてごめんな」

「…レーガ先輩のせいじゃありません」
「いや、オレのせいだ。…ミノリのこと、ちゃんと守ってやれる自信がなくて今まで周りに隠してきたけど、そのことがこんな形で裏目に出るなんて思ってなかった」

何度もふるふると頭を横に振るミノリを、不意にレーガの両腕がぎゅっと抱き締める。
小さく驚きの声を上げたミノリは、丸く見開かれた瞳でレーガを見上げた。

「これからはミノリのこと、ちゃんとオレが守る。…から、学校でも、手繋いだり、たまにはこうしたり、させて欲しい」
「先輩、」

ぽつりとミノリが漏らした呼び名にレーガは少しだけ体を離すと、人差し指を立ててミノリの口元に添えた。


「レーガ、って呼んで」
「っ、…レー、ガ」


最後の一言を言い終わる前に塞がれた唇はとても熱くて、しおれていたミノリの心をゆっくりと開かせていく。

長い長いキスを終えて顔を見合わせた二人は、夕日に負けないほど頬を朱に染めて再び歩き出した。


二人の間にあった不自然な距離感は今やどこにも見当たらない。
しっかりと繋がれた手から伝わる温かさが、それまで確かに互いにあったわだかまりを優しく解いていった。


(2014/03/18)
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