レイニー・ガール


「止まないなぁ…」

ざあざあと降り続ける雨を見上げて、ミノリは小さく溜息を吐いた。
午前中までの晴れた空が嘘だったかのように降り続く雨が地面を濡らしていく。
この場所で雨宿りを始めてからどれくらいの時が経っただろう。
いつもならば別に濡れて帰った所でなんの問題もないのだが、今日ばかりはそうもいかない。今頃彼はどうしているだろうか。どんよりと暗い空は一向に晴れる様子もなく、ミノリの顔を曇らせていった。




「明日、少し時間あるか?」

昨日の夕方、いつものようにカウンター席で最愛の彼氏が作る料理に舌鼓を打っていたミノリは、目の前の愛しい人から投げられた問いにきょとんと首を傾げた。
器用に片手で次々と卵をボウルに割り入れながら、レーガはミノリの方を向くと小さく笑って自身の口元を指差す。
それが示された意味に気付いたミノリが慌てて口元を拭い終えると、レーガは卵を割る手を止めて台に手をつき、僅かに身を乗り出して彼女の耳元へそっと顔を寄せた。

「久々にデート、なんていかかでしょう」
「…っ、いいの?だって、お店は…」

囁かれた言葉に今にも立ち上がりそうな勢いで詰め寄る恋人の姿に、レーガは堪らず笑みを零して頷く。

「臨時休業。たまにはいいかなって。最近あんたとあんまり一緒にいられてないし」

レーガが少々照れの混じった様子で告げた言葉にさえも満面の笑みを返してくれる彼女は、本当に可愛らしい。
愛しい人からの思わぬサプライズに自然と緩んでしまう両頬を押さえ頷いたミノリの頭を一度だけ撫でてやると、再び仕事に戻るレーガ。
じゃあ、いつもの広場で待ち合わせな。
そう言われて頷いたあの時間が、今のミノリにとっては既に懐かしく感じられた。





ちゃんと天気予報見ておけば良かった、と、ミノリは心の中で呟く。
山の天気は変わりやすいと言っても、それまで快晴と言っていいほど澄み切っていた空から、突然打ち付けるような雨が降って来るだなんて予想もしていなかった。
折角の、しかも久し振りのデートに、もし全身ずぶ濡れの格好で自分が現れたらいくらレーガと言えども幻滅させてしまうかもしれない。
そのたった一つの不安がミノリをこの場所にとどまらせている原因だった。
彼を好きになる前は何度も顔に泥を付けたままお店に顔を出したり、フリッツと川遊びをして全身ぐちゃぐちゃになった姿で、通りがかった彼に何も考えず挨拶をしたこともあったというのに、今のミノリにはそれが出来ない。
全ては、彼に自分を好きでいてもらいたい。その一途な思いから始まっていて、そしてそれはこうして晴れてお付き合いが始まってからも変わることのない気持ちだった。

「どうしよう……」

雨宿りを始めてから何度目かも分からない溜息を漏らす。
このままでは例えずぶ濡れの姿を見られなかったところで、彼を幻滅させてしまうことには変わりない。
もういっそ、開き直って帰ってしまおうか。
そう思ったミノリが、町へと続く道に背を向けかけた、その時だった。

「見付けた」

背後から聞こえた声にミノリが振り向くより先に強く腕を引かれる。背中越しに伝わる体温は雨のせいか少し冷えていて、それでも数十分雨ざらしの中にいたミノリには温かく感じられた。
視界を埋め尽くすのは、彼のエプロンと同じ、赤い傘。

「れー、がさん」
「…体、冷たいな。ごめん、もっと早く迎えに来れば良かった」
「そんな、そうじゃなくて、これは私が…」
「ミノリ」

慌てるミノリの言葉に被せるようにしてレーガが名前を呼ぶ。びくっと震えた小さな体をレーガは優しく抱き直して、肩越しに互いの頬を合わせた。

「たまにはオレにもかっこつけさせてくれたっていいだろ」

冷えた体にじんわりと伝わる彼の体温と優しい声音に安心したか、ミノリの瞳からぼろぼろと涙が溢れ出す。
次第に嗚咽混じりになってきた彼女の体を反転させて真正面から抱き直すと、ミノリはぐちゃぐちゃの顔を隠すようにレーガのシャツに顔を埋め声を上げて泣いた。

「うっ、ひっく…!…れ、がさん、ごめんなさ…いっ!」
「はいはい。大丈夫だから」

まるで赤ん坊のような彼女をあやしながらその冷たい背中をさすってやる。
本当に手のかかる恋人を持ったもんだ。そう思いながらも何故だか緩んでしまう口元を彼女の湿ったバンダナに埋めて、レーガは久々の温もりを閉じ込めるよう大切に抱き締めた。


(2014/03/17)
戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -