不意打ちそれまで彼女のトレードマークと言えば、頭の上で結ばれた赤いバンダナと腰元まである亜麻色の髪だとレーガは思っていた。 少し癖っ毛らしく横髪が時折横を向いているのがまた彼女のーーミノリの可愛さを一層引き立てていて、何かと理由を付けてその髪に触れたくなってしまう。 その髪が今日はしっかりと頭のてっぺんで固められお団子頭になっていた。当の本人は上機嫌らしくカウンターに腰掛けたまま笑顔で頬杖をつき床から浮いている両脚を交互に揺らしている。 確かに可愛い。似合ってると思う。けど、さ。 いつものようにフライパンを振るいながらも、視界の端で動くお団子頭が気になって仕方がない。 レーガは思考を遮る物体から顔を逸らし、今夜の彼女のメインディッシュであるオムレツを丁寧に皿の上へ乗せた。 「はい、お待たせ」 「ありがとうございます!…うわ〜、いい匂い」 テーブルへ静かに置かれた料理に小さな歓声を上げて益々綻ぶ表情を見れば、自然とレーガの頬も緩んでしまう。 早々に手を合わせて「いただきます」と頭を下げた後柔らかなオムレツを次々と口に運ぶミノリ。 そんな姿を眺めながらレーガはずっと気になっていた疑問を彼女に投げかけた。 「なあ、ミノリ。その髪型って…」 「あ、レーガさんやっと聞いてくれましたね。これ、お昼にマリアンさんとばったり会って、その時にやってもらったんです」 「…そうなのか。悪い、顔見た時に聞こうと思ってたんだけど、タイミング見失っちまってさ」 ほんの数十分前に今にも倒れそうな様子でレーガの店の扉を叩いた自分の様子を頭に思い浮かべ、ミノリは恥ずかしそうにフォークの手を止める。 体力のギリギリまで働いた体を引き摺りふらつきながらもなんとか辿り着いた店の玄関でただ一言「オムレツ、と…おみ、ずを…」と呟いてカウンター席に伏した自分を、レーガは苦笑いを浮かべて介抱してくれた。 スライスレモンが添えられた水は外の気怠い暑さに乾き切った喉を潤し、彼女を癒してくれる。待っている間にと出してくれたフルーツは以前ミノリが店に差し入れたものだった。口に入れた瞬間ふわりと広がる甘酸っぱい香りと味が、疲れた体に染み渡る。が、朝から何も食べていなかった体には物足りなかったようで、レーガが作ったオムレツは今のやりとりの間だけですでに半分が彼女の胃袋へと姿を消していた。 「マリアンさんって器用なんですよ。私はいつも同じ結い方しか出来ないから…」 「へえ。でも、オレはいつものあんたの髪型も好きだけどな」 撫でやすくて。 最後の一言だけは、胸の中で呟く。 ありがとうございます、と嬉しそうに笑ってまたフォークを動かすミノリ。こうやって感情を素直に表す所も、彼女が人を惹きつける一因だとレーガは思う。 「それじゃ、ご馳走様でした」 「気を付けて。あんまり無茶はしないように」 「はーい」 ハンカチで口元を拭いて立ち上がったミノリの前を歩き扉を開けてやる。やはり見慣れないお団子頭を上下させてミノリはレーガに背を向けた。 「……あ、」 「はい?」 思わず漏れてしまった声を抑えようと手で口元を覆ったレーガだったが、時既に遅く一歩踏み出しかけた足を止めてミノリが振り向く。 「レーガさん?」 「…あ、いや……なんでもない。それより今日は真っ直ぐ帰れよ。さっきまで倒れそうになってたくらいなんだから。あんたが道端で倒れでもしたらオレが困る」 「……レーガさん、なんだかお父さんみたい」 「…ミノリ」 「ふふ、分かってます。それじゃ、また明日!」 茶目っ気を残した笑いを滲ませて足早に去って行った後ろ姿を見送り、レーガは店の扉を閉めるとそのまま扉に背を預けて溜息を吐いた。 油断した。 まさかあんな所にあんなモンがあるとは。 普段長い髪で隠された、白い透き通るような彼女のうなじ。まだ陽が沈む前の蒸し暑さのせいで何本か髪が肌に張り付いてひどく艶かしい。それが髪を上げたことによって必然的に晒されているのに、どうして最後の最後まで気付かなかったのか。 他の奴らには見せていないだろうか、それが心配だ。特にクラウス。ミステルも危ないかもしれない。フリッツは……まぁ、大丈夫だろうとは思うけれど、彼奴だって一応一人のオトコなのだから。手放しに安心など出来やしない。 「…格好つかないな」 レーガにはどうか彼女が真っ直ぐ家路を辿ってくれていることを願いつつ営業を続けるしかなかった。 そんな、ある夏の夜。 (2014/03/16) |