鈍感者の言い訳


本当に、いい町だよなぁ。


カウンター越しにあくせくと動く二つの頭を見つめながらレーガは思う。
使い慣れないキッチンで動きに若干ぎこちなさはあるが、それでも漂ってくる匂いを嗅げば完成品が美味しいであろうことは容易に想像が出来た。

誤って階段から落ちた事が原因で利き手を痛めてしまったレーガが、止むを得ず一週間程店を休むことを決めたのが丁度五日前。
それから毎日と言って良い程変わりばんこにこの町の住民が閉店の看板が下がった扉を叩き、やれお裾分けだのやれ不自由は無いかと様子を見に来てくれる。
初めこそ有難い申し出を断っていたものの毎日のように続くそれにレーガが折れ、遂には祖父の代からずっと守っていたキッチンを預けて夕飯作りを任せているレーガがそこにいた。

「美味いもんはみんなで食べた方がもっと美味いだろ!」

と、入り口で大量の野菜を両手に抱えたまま悪意のない笑顔を浮かべたフリッツの姿と、横で少し申し訳なさそうに、でもこれまた持ち切れない程の牛乳や卵を抱えて頷くミノリ。
日々特にすることもなく片手で店の掃除を終えたレーガが、夕飯の支度をしようと立ち上がりかけた時に二人はやってきた。
まぁ、正直これだけの食材を一気に貰ったところで消費に困るのは事実だ。それに気を許したこの二人ならキッチンに入れても大丈夫だろう。なによりフリッツはこれまでにも自宅にキッチンが無いことを理由に営業前に何度か貸してやっていたこともあるのだから。

「ミノリー、アレ取って」
「アレじゃなくてお塩でしょ。はい、どうぞ」

(と、思ったんですけどね…)

目の前で繰り広げられる光景にレーガはなんとも言い難い表情をして密かに溜息を吐いた。
この二人が仲が良いことは知っていたし、それはここに二人が一緒に来た時にも気付いていたことだ。
けれどもこんな間近で意思疎通し合う姿を見せ付けられては、ここは自分の店だというのになんとなく疎外感というか、居心地の悪さは否めなかった。
勿論この二人が意識してやっていることではないのは分かっているし、だからと言って追い出そうなどとレーガが思うわけがないのだけれど。

「なあ、二人は付き合ってるのか?」
「「へっ?」」

興味本位で聞いた問いになんとも間の抜けた声が返ってくる。瞬時に顔を赤くするフリッツと、慌てて頭を左右に振るミノリ。
ああ、そういうことか。図らずも二人の関係性が見えてしまったことに悪く思いつつも、レーガはその対照的な態度に笑みを零してしまう。
鈍いこいつのことだ、きっと自分の気持ちにさえまだ気付いていないんだろう。硬直したままのフリッツが持つフライパンから煙が上がり始めたのを見てミノリが小さな悲鳴を上げ、慌ててコンロの火を消した。



「あーあ、焦げちった…」
「悪かったって、そっちはオレが食うから」
「駄目です、怪我人に体に悪いものは食べさせられません!それは私たちが…」
「えー、オレも?」
「当たり前でしょ。大体焦がしちゃったのはフリッツなんだよ?」
「うっ…ワカリマシタ。イタダキマス」

三人で囲んだテーブルの、レーガの向かい側にミノリとフリッツが腰掛けて、テーブルが埋まりそうな程所狭しと並べられた料理の数々を三人で眺める。
仄かに赤い顔を俯かせたフリッツはきっとまだ照れているのだろう。もしかしたら先程の自分の言葉が、まだ燻っていた気持ちを自覚させてしまったのかもしれない、と思うとレーガは益々笑みが零れた。

「じゃ、早速頂こうかな」
「はい、それじゃ…」

「「「いただきます」」」

いつもと違う、誰かと食べる食事はレーガにとってとても新鮮で、その上自分以外の人が作った料理を食べることでさえ久しい。
美味しい美味しいと口々に漏らしながら頬を膨らませて頬張る二人を見つめていたレーガは、また小さく笑うのだった。





すっかり空になった皿をレーガは自由な片手でシンクへと運ぶ。
せめてこれくらいは手伝わせてくれと渋る二人に言うと案外素直に任せてくれたのだ。
シンクでガチャガチャと音を立てて洗うフリッツに割るなよ、と一声かけながらレーガがふと隣を見ると、此方をじっと睨むようにして見つめていたミノリと目があった。

「どうした?」
「…レーガさんがまた転ばないか心配で」
「…流石にそれは心配しすぎ。…それより、ミノリ。ちょっとじっとして」

きょとんとしながらも言われた通りじっと動かず此方を見つめている姿はまるで聞き分けの良い子犬のようだ。
レーガがそのまま怪我していない方の手をミノリの頬へと伸ばすと細い肩が僅かに揺れた。

「…ん、取れた。ほっぺにお弁当付いてたぜ」
「………」
「…ミノリ?」

ーーガチャン!

カウンターの向こう側から聞こえた食器のぶつかる音にレーガとミノリは同時に息を飲む。
見るとそこには今まで以上に顔を真っ赤にしたフリッツの姿があった。

「だ、大丈夫?怪我してない?」
「へ…っ…平気平気!ちょっとぼーっとしてただけ!」
「…あまりびっくりさせるなよ。心臓に悪い」
「ごめん、気を付ける!」

赤い顔のまままたガチャガチャと音を立てて洗い物をつづけるフリッツに息を吐いて、レーガはミノリに目を向けた。
まだ緊張が溶けていないのか、ほんのり染まった頬を隠そうと俯きながら後片付けをする姿を見ていると、先程のフリッツを思い出す。

ほんの少し、意地悪するだけのつもりだった。
何も取ってなどいない自分の指先を握り締めながら二人に背を向けたレーガは、窓に向かって小さく息を吐く。
散々二人で見せ付けてくれた仕返し、とまではいかないが、少しこの鈍感コンビをからかってやるだけ、ただそれだけのつもりだった。なのに、



(…なんで、オレまで顔赤くなってんだ)




窓に移った自分を忌々しげに睨み付けながら自由な片手で思わず額を覆う。

まさか、オレが?
いやいや、だってフリッツが先に…。
いや、でも直接そう言われたわけじゃないし…。



「…まさか、な」

「レーガぁ、この皿どこに仕舞えばいいんだっけ」
「…っああ、今行く」

背後からフリッツが呼ぶ声に軽く頭を振っていつも通りの表情を浮かべる。
気付かれてはいけない、悟られてはいけない。自覚してはーーいけない?


賑やかな輪の中に向かいながら自分に何度も言い聞かせる。フリッツの隣で、ほんの少しだけ頬を染めて自分に笑みを向けるミノリの存在にちくりと心の隙間をつつかれた気がして、無意識に指を強く握り締めるレーガがそこにいた。


(2014/03/15)
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