「ばっかじゃねぇの」


花宮真の、今日彼女に対して吐いた第一声である。
対象の少女名前は、俯き、小声で「ごめん」と呟いた。
彼女の席は一番窓側の最後尾、花宮はその一つ前の席である。
つまり前後の席であり、花宮は椅子を後ろ向きに座り、名前を見ていた。

「謝る位ならすんなっつってんじゃねーか。俺に謝る事でもないだろ」
「……」

花宮が名前に対して悪態を吐く理由は、名前の左目にあった。
昨日までつけていなかった眼帯を、名前は左目に装着していたのだ。
その眼帯の理由がものもらいであったのならどれだけ気が楽だっただろう、と花宮はため息をついた。


名前は自分自身の左目に、自らペンを突き刺したのだ。
当然左目は既に視力を失い、虚ろな目を眼帯の奥に隠していた。



「もう、しない」
「何回目だよ、それ。傷増えてんのだって気付いてるからな」


言うと名前は左手首を咄嗟に隠した。
その行為に、意味はほとんどないが。


彼女の両腕には無数の切り傷がある。
それらは全て、彼女自身によるものだった。


名前は、過度な自傷癖を持っている。
花宮が何度注意し、カッター等の刃物を没収しても、それを辞める事はなかった。
両腕に限らず両足、首、腹等身体中至る所に血が滲んだ絆創膏やガーゼが、無数に貼りついている。

当然彼女の怪我の多さは一般の域を大分離れ、周囲のクラスメートは彼女を気味悪がり、遠ざける。
名前とまともに言葉を交わすのは、随分前から花宮ただ一人だった。


「花宮、くん」
「何だよ」


名前は傷だらけの震える手で、花宮の右手を包み込んだ。
傷だらけで痩せ細った、冷たい手で。
名前はそのまま、祈るように俯いた。

花宮にすがりつくように。
花宮が離れてしまうのを防ぐように。


「―――――チッ」


自傷行為について追求するとき、決まって名前このように、花宮の手を弱々しく握る。
高校バスケット界隈で"無冠の五将""悪童"と称される程の実力と人格を持った花宮は、この仕草に酷く弱かった。

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