「居ねぇ……」


俺が名前を待たせていた場所に戻ったが、名前は居なかった。
どこほっつき歩いてんだ。……もしかして、あいつもトイレか?
だとしたら、すれ違わなかったことを指摘されてしまうかもしれない。そうされたらなんてごまかせばいいだろう。
……いや、あいつは浴衣だった。トイレくらい家で済ませてんだろ。わざわざ着崩れさせに行くはずがない。
第一あんな馬鹿でかいぬいぐるみ抱えてあの混んだ場所に行くだろうか。
そう思いながらトイレのある方面へと歩いていると、人並みから外れた暗い道に、くまのぬいぐるみが落ちているのを発見した。
夏祭りの夜にこの大きさのぬいぐるみ。射的屋のおっさんの口ぶりからしてあの店にはあのでかいぬいぐるみは一つだけだった。
他の店にあるともあまり思えない。
拾い上げて確認したが、やはり紛れもなく俺が名前にあげたぬいぐるみだった。
そのぬいぐるみが、人気の無い道端に転がされている。本人がどこに居るのかわからない。
ただならぬ事態だと、すぐに理解できる。
俺は走りだした。



祭りの人だかりから外れて数十分。
川の近くの草むらで名前を発見した。
長く生い茂った草の中で、名前は息を切れさせながら横たわっていた。
着ていた浴衣は、無残にもボロボロにされていた。
俺は名前の名前を呼んだ。名前は泣きじゃくりながら、俺の顔を見ると肩を震わせながら腕を掴んできた。
追いすがるように、俺の腕を、握っていた。



名前を襲ったのは5人組の男達によるものだった。
ここ最近、そのグループは同じような強姦事件を都内で他に5件程起こしていた。
それもあってか、夏祭りの日から一週間後に、その集団は逮捕された。


名前は、入院した。
その事件をきっかけに、名前は明るさを失った。
当日の内に病院で薬を処方された為に妊娠はしなかったが、肉体的にも精神的にも、こいつにはショックがでかすぎた。
それを苦に年内はずっと入院生活、年が明けて学校に復帰しても、以前のような彼女の姿は見られなかった。
男子生徒や教師には激しく怯えるようになり、名前の席は最後列の隅、周りも女子で固められた。
……しかし、俺にだけは怯えずに居てくれたために、俺は名前の隣の席が定位置となった。
女子の友人に対しても何も発言できなくなり、名前はどんどんクラスの中から孤立してった。
当たり前だ。むしろ不登校にならずに教室にまで来ているのが不思議なくらいだった。
当然だが、男しか居ない男バスのマネージャーも担任づてに辞めた。部員への挨拶だとかそういうのは、なかった。
事件の責任が俺にもあると、俺は判断した。
俺は、俺に出来る限りの名前の世話をするようになった。
からかいの声は無かった。名前の状態の異常さを見れば、至極当然のことだった。
その様子を見て、三年に進級してのクラス替えも、俺と名前は同じクラスにされた。
文句はなかった。むしろ、当たり前だとも思っている。俺があの時、名前の傍を離れなければ、名前は傷つくことはなかったのだ。


「お前さ」
「……なに。」
「志望校決めたのかよ」
「……まだ。」
「ならここ、来いよ」


俺は名前に霧崎第一のパンフレットを渡した。
あれから成績は少し落ちても、名前の点数なら合格できる学校だった。
俺の進学先はほぼ霧崎第一で決定だった。こいつにもここに来てもらう方が断然いい。

名前を襲った集団の男達への刑は、馬鹿みてぇに軽かった。
納得行くはずもなく、俺はそいつらへの怒りと恨みがいつも頭にあった。
まるで、何も考えられない名前の分まで上乗せされているようだった。
ラフプレーをするようになったのも、その頃だ。



「お前は黙って俺についてればいいんだよ。一人じゃもう何もできないんだろ、バァカ。」



20121229
花宮こんなキャラじゃないっすよね…

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